サラリーマンに必要な理想のメンタル―島耕作になりたい

人間関係・自己啓発

突然ですが…

島耕作になりたいよー!

女性にモテたい?一流企業のサラリーマンになりたい?出世したいかって?そういうこっちゃねえんだ、お若けぇの。確かに、耕作は、女性にモテるし、一流企業で活躍して出世するし、と世の多くの男性にとっては羨ましい存在だ。でもな、人生ってのは、そんなもんが全てじゃあねえ。譬え、女性にモテなくても、一流企業で働かなくても、出世しなくても、コツコツtetsutetsuと、世のため人のために働き、尽くし、社会に貢献する方々はいらっしゃるもんだ。あっしはそこにこそ、1つの人生の真実があると思ってる。今日はそんな真実の話をしよう。

 


サラリーマンの特質について

クリスマスも近づき、少し取り乱しましたが、サラリーマンの特質について、少しお話しましょう。わたくし、サラリーマン経験ないんですが。全く。まあでも岡目八目って言うじゃない?きっと外から見てる方がわかりやすいもんね。冷静に分析できると思うんだ。

(※注. これから述べる内容は、すべてのサラリーマンの方々に当てはまるとは限りません。あくまで、一般論として考えられるサラリーマン像についての、私見を述べているだけですので、何か不都合な点がございましたら、tama個人宛にご意見をお送り下さい。)

サラリーマンてスゴいですよね。いえ、皮肉じゃなくて。私にはとても真似できません。本当に皮肉ではなく。だって、スゴくないですか?まず、見た目の画一性。雰囲気から格好から、規格があるんじゃないかってくらい、サラリーマン的なんです。あの規格、私には守れません。冗談抜きにしてですね、日頃から職業を訊かれた時なんかに、「サラリーマンです」って答えるようにしてるんですが、信じてもらえた事ありません。つまり、一目見て、目の前の人間がサラリーマンかどうかを判断する一般的な基準みたいなものがあるということでしょう。難しいものですね。

見た目だけではありません。中身についても、言えることはあります。サラリーマンの方々は、比較的、周囲の人間関係やその場の雰囲気を大事にする傾向があります。特筆すべきは、人間関係において、なるべく波風を立てないという姿勢です。

もちろん、サラリーマンの方々が、のほほんとしてるわけではありません。企業戦士ってくらいですから、他企業との競争の荒波に揉まれているでしょうし、社内においても、出世競争に精を出している方もいらっしゃるでしょう。このように、日々、戦いながらも、円滑な人間関係を築くために、なるべく波風を立てないように、業務に就く。このアンチテーゼの実践には舌を巻く思いがします。

また、サラリーマンの多くは、世間体を気にします。これは当然と言えば、当然でしょうか。もちろん、信用が何より大切ですからね。企業の社会的信用は、その社員の方々の振る舞いに関わってきます。自分の社会的言動が、勤めている会社の企業イメージに関わってくるわけですから大変です。その上、その振る舞いは、社内における評判にも繋がります。当然、出世競争にも響いてくるでしょう。嘘か本当か、社内での評判に、つまり出世競争に関わってくるという理由から、冷え切った家庭環境でも、離婚しないということが少なくない時代があったようで。家庭の管理ができない人間に、仕事での管理ができるわけないということだそうで。仕事と家庭は、別物のような気がしますが。まあ簡単にひっくるめると、世間体に関わってくるということです。

 


サラリーマンに求められる理想のメンタルについて

サラリーマンのメンタルコントロールについて

人それぞれと言えば、それまでなんでしょうけど、一般論的には、サラリーマン像は上述のようなものではないでしょうか。私が、他意なく、サラリーマンをリスペクトする理由は、そのメンタルにあります。

サラリーマンの特質に挙げられた、見た目の画一性円滑な人間関係の形成世間体への配慮は、組織の一員として生きるには、いずれも不可欠なものとして、求められるでしょう。しかし、それを支えるメンタルこそが、何よりも重要なのです。

円滑な人間関係を形成するためには、時には、我慢できないことをぐっと堪えなければならないこともあるでしょう。嫌味な上司がいるかもしれない。高圧的な取引先にいびられるかもしれない。出世競争のさなか、足を引っ張られるかもしれない。それでも耐えなきゃならないんです。私なら、とてもじゃないけど堪えられない。しかし、それがサラリーマンてもんです。そんな日々を送るサラリーマンのメンタルコントロールの苛酷さたるや、筆舌に尽くしがたいものがあるのではないでしょうか。

皆が皆、ヘコヘコペコペコ迎合し、付和雷同することを苦に思わないならば、メンタルをコントロールする必要はないでしょう。しかし、多くの方々は、tamaリーマン(※注. tama:『てつたまブログ』のお茶目な共同執筆者)とまではいかなくとも、日々ストレスを感じていると察します。

何よりも求められるのは忍耐力でしょう。現代においては、比較的改善されてきたかもしれませんが、パワハラにセクハラ、信じがたいことに、大人社会においても「いじめ」などがあるそうです。それが人生の時間の大半を費やすであろう仕事場において跋扈しているのですから、堪ったものではありません。

そんな中で、自分の精神状態を平静に保たなくてはならないのですから、それなりの対処法を身に付けておかなければなりません。日々、鬱積するストレスを解消するための趣味を持つことも良いでしょう。しかし、間違っても、そのストレスを他人にぶつけてはいけません。いわゆる「八つ当たり」は、誰のためにもなりません。八つ当たりされた人間も、いらぬストレスを受け、それを誰かにぶつけるかもしれません。そして、それが負の連鎖となり、ほんの小さな負のエネルギーが増幅されて、大事になる場合もあるのです。

繰り返しますが、負の感情を他人に向けてはいけません。いがみ合う民族同士の紛争問題や、国家間の醜い争いを鑑みても、一目瞭然です。何も生産的な結果は得られないのです。ですから、ストレスは爆発して、負の行動として表出する前に、小さな段階から解消していく必要があります。もし、それができず、ストレスが溜まる一方で解消もできないとしたら、生活が行き詰まっている証拠ですので、環境を変えた方が良いでしょう。でなければ、大切な何かを壊し、失われることになるかもしれません。

 

サラリーマンに求められる理想のメンタル

没我

多くのサラリーマンに求められる理想のメンタルを維持するのに必要なものとして挙げられるのが、忍耐力です。ひょっしたら、できている当人にはそのような認識がないのかもしれませんが、端から見れば「よくやるよねぇ」と言われるようなことが往々にしてあります。

サラリーマンにおける理想のメンタルとは、上述したような見た目の画一性円滑な人間関係の形成世間体への配慮といったサラリーマンとしてのあり方を可能ならしめるメンタルを指します。一言で言うなら、それは没我です。

それは、何かに打ち込んで我を忘れるという没頭とは違い、 行動原理において、自己の感情や欲求を意識せず、前提としない心のあり方を意味します。 私利私欲を超克した心のあり方と言っても良いかもされませんね。口にするのは簡単です。しかし、これを実践しようと思うと、生半可なことではできない。それを体得しているのが、島耕作なんです!(と個人的には思っている)

しかも、この没我の境地にあって何よりも困難なことは、波風を立てないということ。行動原理において、没我の精神を持つことはさほど難しくもありません。「この世は常ならぬ、泡沫の如し」と無常観に達すれば、自分が日常的に固執していることの大半は、取るに足りないことだと気付けるでしょう。そして、行動原理に、透徹した視点から捉える物事の正しさという基準を置けば、そのように振る舞うことは可能です。

波風を立てないこと

難しいのは、人間関係における、正論に基づく振る舞いが良いもので、常に喜んで受け入れられるとは限らないということです。そんなことが実現可能であれば、世界はユートピアになってますもんね。

先日、信じられないシチュエーションに出くわした時のことが思い出されます。それなりに混雑した電車内で、3歳から6歳くらいまでと思しき子どもを3人連れた保護者が、平然と優先座席を占有していたのです。それも5~6人がけの座席を。目の前に何人も立っている乗客がいるにも関わらず。

さすがにその時は唖然としましたね。子どもは、傍若無人の振る舞い。家にいるかのように、座席に寝転び、靴を履いたまま座席に足を乗せ、お祭り騒ぎ。母親らしき女性は、ずっと座席の横にある壁にもたれて、スマホをいじっています。注意をする素振りすら見せません。

そんな状況に出くわしたら、皆さんならどうします?恐らく、ほとんどの人は見て見ぬ振りをするのではないでしょうか。実際、その時、周りにいらしゃった方々はそうでした。恥ずかしながら、私もそうです。朝の忙しい時間帯で仕事に向かう途中、面倒事に巻き込まれて遅刻するわけにもいきません。当然、相手は道徳的にまともな神経を持つ人間ではありませんから。そもそも話が通じないということは十二分に考えられます。朝っぱらからそんなわけのわからない人間を相手にしたくはありません。それはその場にいた誰もが感じていた事でしょう。

先ほど述べたような正論が通じる相手でないことは確かです。それがわかる人間はそもそもそんな事をしませんからね。私が注意すれば、間違いなく、喧嘩腰になってしまいます。実際、怒り心頭に発していましたし。

これほど極端な例ではなくとも、多かれ少なかれ、理不尽なシチュエーションに出くわすこともあるでしょう。しかし、サラリーマンの場合(もちろん、他の仕事に就いておられる方にも当てはまるでしょうが)、感情的になっていたのでは仕事になりません。そこで、毅然とした態度であっても、無駄に波風を立てない伝え方が重要になってくるのです。その術を私は知りません。

島耕作のメンタルについて

島耕作には、実践可能なメンタルが備わっています。もちろん、完璧なわけではありません。創作の中とは言え、人間ですからね。事実、『課長  島耕作』時代に電車内で軽くやらかしちゃってます。

「すみませんが こちらのおばあさんが 少し疲れて いらっしゃるようで 出来ましたら 席をゆずってあげて いただけない でしょうか」

「冗談じゃない 疲れているのは この老婦人だけじゃない 私だって疲れているんだ」

(『課長 島耕作』第3巻「STEP20 Mournin’嘆き」より抜粋。前半は島耕作の、後半は島耕作の後の上司となる検見川の台詞。尚、空白は原作台詞中の改行を意味する)

ここで、すんなりと席を譲ってもらえると思っていた耕作ちゃんは、ムカッときて、電車の中で検見川とやり合います。課長時代には、まだ青臭さの残る耕作ちゃんを見ることができますね。それでも、最初は丁寧にお願いしている姿勢が、その台詞から伝ってきますよね。

しかし、彼が感情的になるのは珍しいと言えます。長い間、嫌がらせを受けていた今野輝常に対して、何ら復讐めいたことをせず、今野の退職間際には、親身になって叱責し、和解し、気持ち良く退職できるよう彼を見送ることまでしています。普通なら、喧嘩別れですよね…。この姿勢は是非とも見習いたいものです。


まとめ

いかがでしたか?島耕作のメンタルの凄さを少しでも感じ取っていただけたでしょうか?今の私には、とても真似のできることではありません。理不尽なことには怒りを感じますし、不機嫌さが時には人に伝わるかもしれません。しかし、他人から理不尽な仕打ちを受けた時には、別の人に優しくしてあげることで、負の感情を何とかコントロールしています。それでも、理不尽な仕打ちをした人間と、柔和な態度で接することができるかと言えば、我ながら、甚だ疑問ですね。

それでも島耕作は、やっちゃいます。平然とした態度で。冷静に。時には、思いやりをもって。どうしてそういうことができるのかわかりません。しかし、彼の波風をなるべく立てない態度というものは、より良い人間関係を築くためには不可欠なものです。

組織の一員として、職務を全うすることが求められるサラリーマンにとっては、理想的なメンタルを体現していると言えるのではないでしょうか。このメンタルも、“It’s none of my business”という彼のポリシーが、良い意味で、作用している結果なのかもしれません。私も是非とも見習いたいものです。

by    tetsu