「継続は力なり」の本当の意味と用例を解説!類語や独自の解釈についても説明するよ

「継続は力なり」の意味は、「継続すれば力になる」という意味だと思ってませんか?実は、この言葉には隠された意味もあるのです。

 


「継続は力なり」の一般的な意味と用例

「継続は力なり」とは、 小さなことでも地道に続けていけば、やがて、大きなことでも成し遂げられるということを意味する格言です。しかし、この言葉の意味には、その他にも様々な解釈があります。

「継続は力なり」の一般的な意味

1つ目の意味が、 「小さなことでもコツコツ続けていけば、やがて大きなことを成し遂げられる」というもの。これが一番有名なこの言葉の意味ではないでしょうか?

これは本当にその通りだと思います。筋力トレーニングで実感しますね。日々、トレーニングを続けていくと、明らかな変化がみてとられます。逆に、サボっていると、結局元に戻ってしまう。

筋トレを一年間継続して感じる体の変化と効果的だった筋トレを紹介するよ

筋トレ初めて6ヶ月!肉体と精神に起こった変化を紹介する

何かを成し遂げるためには、すぐにやり始めるということが重要ですが、一度取りかかったなら、それを成し遂げるまで続けていくということが何よりも重要となります。

2つ目が、 継続すること、それ自体が才能の1つ」というもの。よく耳にするのが、「やればできる」という言葉。身も蓋もない言い方ですが、誰だってやればできるんです。でも、その「やること」ができない。つまり、 「やれること」ということは、大きな才能の1つなんです。

勉強がそうです。家で学習できる子は伸びます。スマホやゲームなど、どんなに誘惑が多い環境でも、それを断ってできるということは、1つの力です。家勉が苦手な人向けの記事はコチラ

【家勉最強】家で勉強できない4つの理由と9つの対策について塾講師歴6年の僕が紹介するよ

ブログやTwitterなどのSNSもそうですね。同時期に始めた人たちも、気付けば、更新されなくなっている。1年2年の単位で、継続するということが、どれほど難しいかを物語ってますね。

ちなみに、他にも、「現状が力不足でも続けていけば大成する」という意味が説明されていることもありますが、 「続けることが後の成功に繋がる力となる」という意味では、1つ目の意味と同じなので、割愛できます。

 

「継続は力なり」の用例と近しい慣用表現

「継続は力なり」の用例

「1日、3つだけ単語を覚えていくとする。たった3単語といえど、ひと月で約90語、1年では約1100語にも及ぶのだ。継続は力である。」

これは、どんな小さなことでもコツコツと積み上げていけば、力がつくということです。

「今日も彼は研究会やボランティアに参加して、自己のベースアップをはかっている。この時期、周りは遊んでばかりいるのに、継続は力だな。」

学生時代にありがちな話ですね。特に、大学生と言えば、長期休暇が長いですから、ついつい怠けたり、遊んだりしてしまいます。ですが、己を律して自己研鑽に励むことができ、それを続けられるというのは、大きな才能の1つと言えそうです。

「継続は力なり」に似た慣用表現

・千里の道も一歩から

「どんなに長い道のりでも、小さな一歩から始まるということ」

・雨だれ石を穿つ(うがつ)

「たとえ雨だれのように、小さな力であっても、同じところに落ち続ければ、やがては石に穴をあけるようになるということ」

・塵(ちり)も積もれば山となる

「どれほど塵のように小さなものでも、積もり積もれば、山のように大きくなるということ」

あとは、ややニュアンスが違うと認識されていそうですが、実は同じなんじゃないかという表現です。

・石の上にも三年

「石のように座るのが辛いところでも、徐々に慣れて、座っていられるようになる」ということから、転じた意味を持ちます。

「辛くても我慢して続けていれば、やがて、物事を成し遂げられること」

これは、「続けていれば、物事を成し遂げられる」という点では、「継続は力なり」に通じるところがありますよね。

・大器晩成

「大きな事を成し遂げる人物というものは、始めは目立たないが、後になって大成するということ」

実は、この言葉も本質的には、同じことを表しています。大きく物事を成し遂げるには、近道なんてありません日々のたゆまぬ努力の積み上げが、大成へと繋がるのです。

 


「継続は力なり」の由来

「継続は力なり」という言葉の由来は、諸説あります。アメリカのことわざに

”Continuity is the farther of success.”

(「継続は成功の父である」)

という言葉もあるみたいですが、これは置いておきましょう。

出典は、明らかになっておりませんが、主に2人の人物の言葉ではないかと言われています。

それが、平松折次(1880-1968)の著した、その名もずばり、『継続ハ力』。こちらは1985年の10月に平松折次遺稿集出版委員会が出してるものです。タイトルがそのまんまですね。

もう一方が、住岡夜晃(1895-1949)が著した『讃嘆の詩』に出てくる表現ですね。

青年よ強くなれ
牛のごとく、象のごとく、強くなれ
真に強いとは、一道を生きぬくことである
性格の弱さ悲しむなかれ
性格の強さ必ずしも誇るに足らず
「念願は人格を決定す 継続は力なり
真の強さは正しい念願を貫くにある
怒って腕力をふるうがごときは弱者の至れるものである
悪友の誘惑によって堕落するがごときは弱者の標本である
青年よ強くなれ 大きくなれ

住岡夜晃著『讃嘆の詩』より

(※注.  ただし、太字赤字は、当ブログ筆者による)

生きた年代も近い2人ですから、どちらが元ネタかは判断しかねます。

もしかしたら、これとはまた別の文献が見つかるかもしれませんが、少なくとも、この時代あたりから「継続は力なり」という表現が用いられだしたのは、間違いなさそうですね。

 


「継続は力なり」の本当の意味と教訓

本当の意味と言えば、やや語弊があるかもしれませんが、「継続は力なり」には、隠された意味と教訓があります。

「継続は力なり」の隠された意味

「継続は力なり」という言葉は、どちらかと言えば、ポジティブな意味合いを持つものとして、捉えられています。しかし、そればかりではありません。この言葉を、形式的に捉えてみましょう。すると、次のように捉えられます。

「継続=力」

これは、「継続することが力となる」というだけでなく、 「継続するには力がいる」ということをも表していると捉えられるのです。

他の例を考えてみましょう。例えば、「夢を叶えること」が「日々のたゆまぬ努力の積み上げ」を必要としていることはおわかりでしょう。それを形式的に表すと、「夢の実現=たゆまぬ努力・日々の積み上げ」とできますね。

つまり、「継続は力なり」という言葉は、「継続することが力となる」というだけでなく、「継続するには力を要する」と捉えることもできるわけです。あくまで、可能性の話ですが。

しかし、これは、現実的に照らし合わせても理解できることではないでしょうか。ブログを書いたり、身体を鍛えたりすることを、何年も何年も続けていくというのは、実は、とても大変なことです。試しに、どなたかのSNSを確認してもいい。それほど間を置かず、10年以上続けられているものなど、全体の割合からしたら、ごく少数ということが容易に察せられます。

続けていけば確かに力になることも、そもそも続けていくためには、それなりに力を要するんです。やや、シニカルな捉え方ですが、こうしてみると、様々な現実を表す至言と言えそうですね。

 

「継続は力なり」に隠された教訓

継続することが力なることも、力を要することもわかりました。ともに、心に留めておきたいところですが、何より重要なのは、その教訓にあります。

前提を考えて下さい。継続するためには、そもそも「継続可能な状況」がなくてはできません。勉強するには本が必要ですし、紙やペンなんかも要ります。パソコンやサーバーがなければブログは書けませんし、現代文明の水準を維持しようとすると、人的資源、燃料・エネルギーや食料が欠かせません。

このことを考えると、継続・持続可能なスタイルや環境を選ばなくてはならないということを、この言葉は暗示しているのです。それがなければ、せっかく積み上げたものが水泡に帰すなんてことも。ずっと積み上げてきたものが、〈賽の河原の石積み〉であったり、〈シーシュポス(シジフォス)の岩〉であったと知ったならば、心が壊れかねませんね。

要するに、継続することは何より力になることではあるけれども、 本当に力にしたいのであれば、継続・持続可能な状況やスタイルを選んで積み上げることが重要だということです。

それを考えると、地球の環境問題と私たちの経済活動も、バランスを取って持続可能なものを選択していく必要があるでしょう。でなければ、私たちの文明は、やがて力を失っていくでしょうから。

by    tetsu