「見ざる・聞かざる・言わざる」の意味と教訓について考えてみた

見ざる聞かざる言わざる」ということわざをご存知でしょうか?

日光東照宮の神厩舎にはそのことわざを絵として描かれています。

そこで、今回は三猿の意味やそこから得られる教訓について解説します。

三猿の由来

孔子の論語には「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、 非礼勿動」という三猿に似た言葉があります。

この一節が三猿の由来であると考えられています。

この訳は次のように解釈できます。

礼節に背くことに、着目してはならない。

礼節に背くことに、耳を傾けてはならない。

礼節に背くことを、言ってはならない。

礼節に背くことを、してはならない。

この文を通して、孔子は礼節の大切さを説いているわけです。

ちなみに、英語では「three wise monkey」と訳されいます。

三猿の意味

一般的な意味

故事ことわざ辞典には、次のように定義されています。

見ざる聞かざる言わざるとは、とかく人間は自分にとって都合の悪いことや相手の欠点を、見たり聞いたり言ったりしがちだが、それらはしないほうがよいという戒め。

引用:故事ことわざ辞典

そのほかの意味

この意味とは別の意味も三猿には込められています。

例えば、日光東照宮の神厩舎には猿の一生を描いた八面図があります。

この幼少期の場面で三猿が登場しています。これには、悪いものに触れずに健やかに育つという意味が込められています。

他にも、ガンジーの三猿というものもあります。

インドの指導者だったマハトマ・ガンジーは常に三匹の猿の像を身に付けていたそうです。これには、「悪を見るな、悪を聞くな、悪を言うな」という意味があります。

このように、三猿には「悪いことを見てはいけない、悪いことを聞いてはいけない、悪いことを言ってはいけない」という意味も含まれているわけです。

論語から考える意味

三猿の由来は、孔子の論語なので、その意味も同じと考えられます。

礼節に背くことに、着目してはならない。

礼節に背くことに、耳を傾けてはならない。

礼節に背くことを、言ってはならない。

つまり、三猿も「礼節」の重要性を説いていると考えられるわけです。

三猿から得られる教訓

上に挙げた三猿の意味を総合すると次の意味になります。

悪いことに、着目してはならない。

悪いことに、耳を傾けてはならない。

悪いことを、言ってはならない。

つまり、悪いものに流されないための教訓を表しているのです。

残念ながら世の中には、沢山の良くないことがあります。

私の知り合いでも、ネットビジネスに手を出して大学を中退することになったり、ギャンブルに手を出して大変なことになった人がいました。

他にも、浪人中に彼女と遊び惚けて、高卒で就職した人もいました。不倫して、取り返しのつかないことになった人もいましたね。

このように、生きていると多くの誘惑があります。そして、その誘惑に乗ってしまうと、途轍もない速度で転落してしまうことになります。

そんな時に、「見ざる聞かざる言わざる」を意識できれば、悪い誘惑からも逃れられます。

皆さんも「見ざる聞かざる言わざる」の心を持って、悪いものから距離を取ってみてはいかがでしょうか?

「見ざる言わざる聞かざる」のまとめ

三猿の意味について

三猿にはいくつかの意味があります。今回はそれらをまとめてご紹介しました。

このように、三猿といっても様々な解釈があることがお分かり頂けると思います。

一般的な意味

自分にとって都合の悪いことや相手の欠点を、見たり聞いたり言ったりしてはいけない。

その他の意味

日光東照宮では、「悪いものに触れずに健やかに育つ」ことを絵で示しています。

また、インドの指導者だったマハトマ・ガンジーは、常に三匹の猿の像を身に付けていました。これには、「悪を見るな、悪を聞くな、悪を言うな」という意味があります。

論語から考える意味

三猿の由来は、孔子の論語なので、その意味も同じと考えられます。

礼節に背くことに、着目してはならない。

礼節に背くことに、耳を傾けてはならない。

礼節に背くことを、言ってはならない。

三猿から得られる教訓

三猿は、悪いものに流されないための教訓です。「見ざる聞かざる言わざる」を意識して、人生のレールを大きく踏み外さないようにしたいものですね。