自分で考える力を身に付けることが大切な理由について解説

考える力

直接的な答えや効果的な方法論を求めてはいませんか?そういう姿勢では、同じ経験をしても、成長の度合いが変わってきます。大切なのは、自分で考え、行動することなのです。

自分で考える力を身に付けることの大切さ

自分で考える力を身に付けることの大切さを実感することは多々あります。学力を伸ばしたり、希望の進路に進むこと。営業成績や事務処理能力を高め、仕事を効率化すること。

シンプルに言うと、生きることと考えることは分けられる問題ではないのです。もう少し正確に言えば、豊かに生きることと考えることは不可分ということです。ここでいう豊さとは、経済的な豊さ精神的な豊かさを指します。

人は考えることで何かに挑戦できます。その結果として、仕事を効率化して、出世街道を進んだり、独立しているならば、収益性を高めたり

あるいは、挑戦することで精神的な充足感を味わえたりもしますね。成果をあげたり、目標を成し遂げられたら、達成感を味わうこともできるでしょう。例えば、たまたま宝くじで当たった10万円と、試行錯誤しながらSNSなどの収益化で手にした10万円では重みが違いますよね。

自分で考える力を身に付けることが大切なのはこうした理由によります。しかし、実際は、様々なビジネスや学業にたずさわっていると、直接的な答えや、その分野における効果的な方法論を求める人が多いと感じることがあります。しかし、次の2つの点から、それはあまり望ましいこととは言えません。1つめが、問題解決力。2つめが、汎用性(はんようせい)です。

自分で考える力を身に付けると問題解決力が培われる

問題解決力とは、文字通り、 問題を解決する力です。人は生きている限り、様々な問題にぶち当たります。仕事でもプライベートでも。

問題にぶつかり、挫折してしまうと、つらい思いをすることになります。そこで挑戦することをあきらめてしまうと、ミジメな人生を歩むことになるかもしれません。一方、挑戦する限りでは問題がつきまといます。しかし、あきらめずに努力をすれば、問題を解決することで、望ましい未来を手にすることができるでしょう。

問題にぶつかれば、逃げても構わないと思います。特に、挑戦することに人生における価値を見出さなければ、尚更ですね。それでストレスもなく、望ましい人生のコースを進むことができるかもしれません。

ただし、気を付けなければならないのが、逃げるなら、逃げ切らなければいけないということです。もし、避けても避けても付きまとう問題であるならば、やはり解決するしか道は開かれません。自分が望む、充実した人生を歩むためには、逃げ切ることができないのであれば、結局は立ち向かうしかないのです。

例えば、仕事場で嫌がらせを受けるなど、対人関係に問題が生じたとしましょう。そこではいくつかの対処法が考えられます。

  1. さける
  2. 解決を依頼する
  3. 自分で解決する

対人関係で問題が起こった時、一番いいのは、関わらないことです。人間ですから、どうしても合う合わないということがあります。そういう時は、お互いのためにも、関わり合わないのが最善です。

しかし、そうも言っていられないこともありますよね。仕事だと、いくらウマが合わないからといって、関わり合わないということはできません。その場合、第三者に解決を依頼することになるでしょう。仲裁してもらうということです。

お互い仲の良い人に取り持ってもらったり、上司に頼んでみるのも良いでしょう。少しキツいかもしれませんが、場合によっては、法的手段に訴えることも考えられます。ある程度、外からの力(強制力)を働かせることで、問題は解決されやすくなります。

とは言え、いつでも①や②で解決されるとは限りません①でも②でもたちゆかなくなった時、自分で解決するしかなくなります。その時、必要なのが自分で考える力なのです。事の原因をつきとめ、根っこから治さなければ、問題はいつでもたち現れてくる可能性があるのです。

問題をきちんと解決するためには、考える力が必要です。問題の原因がどこにあるのか?自分にとって望ましくない結果が何によってもたらされているのか?こうした原因と結果の構造を把握するためには、考える力が不可欠となります。

(※  考えることについては「考えるとはどういうことか?」の記事を参照して下さい)

考えるとはどういうことか?―考えることの本質について

たとえ問題を外からの力で解決したとしても、新たに解決すべき問題が現れると、同じように何かに頼れるとは限りません。それに自分で考える力を身に付けると、問題が現れるのを未然に防ぐことができる場合もあります。何によって問題が引き起こされているのかがわかるので、その原因となる行動を選択せずにすみますからね。

自分で考える力を身に付けると汎用性が高くなる

汎用性とは、 1つの事だけではなく、様々な事に用いられ、広く応用できる性質をいいます。

例えば、氷は魚や肉などの食材の保冷剤として使います。それだけではなく、かき氷など食材としても使います。また、氷の彫刻のように材料としても使われますし、飲み物にいれたり、発熱時の氷枕にも使われますね。氷はとても汎用性が高いと言えます。

一方、ただの保冷剤は飲み物に入れたり、食材として使ったりはしませんね?そういう意味では、氷ほど汎用性が高いとは言い難いでしょう。

汎用性とは、応用できる度合いを表しています。そのためとても合理的で、期待できる効果も幅広いものとなります(氷の例を思い返して下さい)。それに比べて、汎用性が低いものは応用が効きにくく、期待できる効果も限定的です。そういう意味では、一般的に、汎用性が高い方が望ましいと言えます。

それでは本題に戻りましょう。「直接的な答えや限られた分野における方法論」と「自分で考える力」とどちらが汎用性が高いでしょう?もちろん、「自分で考える力」ですね。答えや方法論は、そのシチュエーションでしか仕えないことが多いです。しかし、自分で考える力を身に付けていれば、どのような場合でも問題解決へと向かえます

些細な言葉がきっかけで人間関係が悪化するシチュエーションを思い浮かべて下さい。「ニブい」という言葉で誰かを怒らせたとしましょう。この場合、直接的な答えとは、「ニブいと言ったら失礼にあたるから、人が怒るかもしれない」ということになります。

でもこれは、失礼な言葉で人を怒らせる一例にしか過ぎません。現実生活では考えにくいでしょうけど、「ニブい」と言うことが人を怒らせたとしても、「マヌケ」と言うことが同じように誰かを怒らせるかもしれないとわからない人がいるかもしれませんね。直接的な答えを知るだけでは、その知識は使い方が限られているので、他の問題に対処できなくなる可能性があるのです。

これは、限られた分野における方法論という観点からみても同じです。「ニブい」や「マヌケ」といった言葉は相手に失礼だから、 ネガティヴな言葉は口にしない方がいいという方法論があったとしましょう。これも、十分ではありません。なぜなら、人によってはネガティヴでなくても、傷付く言葉があるかもしれないからです。「賑やか」というネガティヴでない言葉でも、「うるさい」と言われたと感じる人もいるでしょう。

つまり、決まった方法論があったとしても、それだけではカバーできないところがあるのです。汎用性が高いとは言えないからですね。

自分で考える力が身に付くと、どんな言葉でも相手を傷付ける可能性があるということがわかります。すると、「こういうタイプの人間には、どういうことを言うのは好ましくない」というように、物事を構造的にとらえられるようになるのです。 発言という原因相手が傷付くという結果に目を向けられるようになるわけです。

このように、原因と結果で物事をとらえて、自分で考えられる人間は、汎用性が高いと言えそうですね。どのような問題が起こっても、そのたび自分で解決できるわけですから。自分で考える力を身に付けることは、このような汎用性の高さにつながるのです。

まとめ

人生で様々な問題にぶつかったとき、問題解決に重要なのは、自分で考える力です。直接的な答えや限られた分野における方法論で解決できる場合もあるでしょうが、それでは解決できない場合もあります。

また、失敗しても挑戦し続けていれば成功する場合もあります。這い上がることのできた人間は、成功してから失敗しても、再び這い上がることができます。しかし、1つの方法しかない、あるいは他人から教えてもらった人間は這い上がる力がありません。その方法が通用しなくなれば、それで終わりです。

他にも、自分で考える力を身に付けることで、簡単にだまされにくくなるというメリットもあります。あらゆる判断を他人に委ねず、自分で納得した上で判断できるわけですから。

とにかく、人生は困難の連続と言いますからね。きちんと自分で考える力を身に付けて、問題に対処できるよう備えていきましょう。

by    tetsu