SNSにおける誹謗中傷についての作文・レポートを書くときに抑えておくべき3つのポイント

学生向け

SNSの誹謗中傷問題が叫ばれるようになって久しいですが、その問題は解決することなくより悪化するように進んでいると思えます。

そのためか、人権作文の一環として誹謗中傷についての作文を書く方も増えています。また、大学においても誹謗中傷に関するレポートの提出が求められる機会も増えるのではないでしょうか?

というわけで、今回はSNSにおける誹謗中傷について作文・レポートを書くときに抑えておくべき3つのポイントについてご紹介したいと思います。

SNSでの発信に失敗は許されない

目の前にいる人と話すのは当然コミュニケーションですし、LINE電話で遠くにいる友達と会話するのもコミュニケーションです。ツイッターで見ず知らずの人にリプやDMを送るのだって、2chで書き込みをすることもコミュニケーションです。さらには、スマホゲームで協力プレイや対戦プレイのもコミュニケーションの一種と考えることが出来ます。

以上のことからも分かるように、人間は絶えずコミュニケーションを取っていますが、SNSを通したコミュニケーションには細心の注意が必要です。

その理由は、SNSが小さな放送局であるからです。SNSで発信した情報は電波に乗って、世界中に発信されます。そのため、自分の発信内容に炎上の要素が含まれていたら世界中から叩かれることになるわけです。

そこに、「やめときなよ」や「これからは注意しようね」なんて先生のように優しく警告をする人はいません。誹謗中傷を含む非常に厳しい言葉で一発レッドカードを言い渡されるわけです。人ってズルいもので、面と向かった時よりも文章だけの方が攻撃的な言葉を言えますからね。

逆に、閉じたコミュニケーション(会話・電話・メール)であれば、良くない発言をしても周囲に注意されるだけで済みます。

僕にも中学生のころにその経験があります。あの時は、中学校の先生にこっぴどく怒られましたね。でも、それだけで物事は収まります。おそらく、今の世の中で同じことをしてSNSに発信したら大炎上していたと思います。

以上のことから分かるように、SNSでの情報発信には失敗が許されません。失敗すると、世界中の人々から誹謗中傷の言葉を受けることになります。ですから、SNSでの発信内容には気を配るようにしましょう。

誹謗中傷と批判は違う

皆さんは誹謗中傷と批判の違いをしっていますか?

大前提として、誹謗中傷は絶対にしてはいけません。しかし、批判は必要です。批判がなければ、世の中のおかしなところを直すこともできませんからね。

そんな誹謗中傷と批判を区別する方法は次の通りです。一般に誹謗中傷は3つの条件を満たします。

  1. 根拠がない、仮に根拠があっても論理的・客観的でない
  2. 個人的な感情(悪意や敵意)が入り込んでいる
  3. レッテル張りや人格への攻撃が含まれる

一方で、批判は2つの条件を満たします。

  1. 人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘する
  2. 主張を論理的・客観的に説明できている

これを図を用いて説明すると次のようになります。

より誹謗中傷と批判について詳しく理解したいという方は次の記事を参考にしてください。具体例を交えて説明しているので、非常に分かりやすいと思います。

「誹謗中傷」と「批判」のそれぞれの意味とその違いについて図を交えて解説するよ

義憤に囚われない

SNSの炎上や誹謗中傷の多くは義憤によって引き起こされます。義憤の意味は次の通りです。

道義に外れたこと、不公正なことに対するいきどおり。

引用:デジタル大辞泉

分かりやすいように、具体例を考えてみましょう。

例えば、バイトテロと呼ばれる行為です。一時期食品が入っている冷蔵庫や冷凍庫にアルバイトの人が入るという不衛生な事件が起こりました。この時もSNSは大炎上したわけですが、炎上の原因を考えてみると義憤があります。

他にも、いじめ行為の動画が拡散されたこともありましたね。この時は加害者側が炎上し、誹謗中傷にさらされました。これにも、義憤が関係しています。そりゃ、いじめ行為をしている人を見ると誰でも憤りを感じますもんね。

もう一つ挙げると、TV番組での発言や行動が炎上して出演者に誹謗中傷が浴びせられるということがありました。こちらの本質も同じです。番組での発言や行動は視聴者の義憤を引き出すものでした。この場合は、TV番組の内容がやらせに近かったことも大きな問題でしたけどね。

義憤というのは制御しないと本当に怖いものです。

私も小さい頃に義憤に囚われたことがありました。それは、ハリーポッターの映画でのことです。ご存じの通り、マルフォイは悪役として描かれていますが、小さなころの私はそれを理解できず、そのマルフォイの姿を見て、演じている本人に憤り(義憤)を抱きました。演技でもあるのにも関わらずにね…

以上のことから分かるように、人はある人物の良くない一面や悪い演技している姿を見るだけで、制御できないほどの憤りに囚われることがあるのです。ちなみに、ナショナリズムを煽る時も良くこの手法が利用されます。皆さんも、人にはこのような特性があると意識して行動すると良いでしょう。

まとめ

SNSにおける誹謗中傷について作文やレポートを書く上では、主に3つの点が重要になると紹介しました。この三点を抑えていれば、それなりの作文やレポートを書くことが出来ると思います。

  • SNSでの失敗は許されない
    SNSでの発信は全世界に届きます。そのため、誤った発言や行動をしてしまうと世界中から袋叩きにされます。また、世の中には汚い言葉で誹謗中傷する人間が沢山います。
    そのため、SNSでの失敗は許されないわけです。逆に言うと、SNSで失敗する可能性がある人はSNSに触れるべきではありません。
  • 誹謗中傷と批判は違う
    誹謗中傷と批判は異なります。誹謗中傷は、悪意のもとに根拠に乏しい人格攻撃をすることです。一方で、批判とはより良い状態になるために、人の行動や社会の仕組みを客観的証拠に基づいて問題提起することです。
  • 義憤に囚われない
    不公正なことに怒りを感じること(=義憤)は多くの人間が持つものです。もちろん、この義憤には良い面もありますが、SNSにおいてもは悪い面が目立ちます。
    SNSにおいて過度な誹謗中傷をする人は、批判する人の悪い部分だけを見て判断し、義憤に駆られて誹謗中傷に走る傾向にあります。ですから、義憤を制御することは非常に大切です。