ネタにもされるが、実は根深い「ロジハラ」の問題

論理的思考力養成 番外編

はじめに

世の中には、いろいろなハラスメントがあるようで…

遂にロジハラ(ロジカルハラスメント)というハラスメントが誕生してしまったそうな。軽く調べた結果、ロジハラの定義は、「正論ばかり突きつけること」らしい。「正論ハラスメント」とも言い換えることが出来るかな?いやいや、ロジカルであることがハラスメントって

どーゆことやねん?

そんなもんがハラスメントになったら、世の中にいる大学教授や頭の切れる上司の発言という発言が全部ハラスメントになってしまうやんか…とはいえ、確かに「ロジハラ」は存在する。

ロジハラの定義と本質

ロジハラの本質は、加害者と被害者の能力差だ。論理的に正しいことでも、それを実行できるか否かは当人の能力に大きく依存する。つまり、「加害者にできて、被害者にできないことがある」ということだ。

正論ではあるけれど、被害者には実行能力がない。しかし、加害者は自分に実行能力があるから、被害者にも当然あると思い込む。それがロジハラに繋がる。つまり、ロジハラとは加害者と被害者の間に大きな能力差がある場合に生じやすいと言える。

人に教えるとき、絶対に言ってはいけない言葉をご存知だろうか?(一応、僕は6年間教育の仕事をしてきました。)それは、「なぜ、こんな簡単な問題がわからないんだ?」という言葉である。この言葉は、ロジハラの典型例だ。

そもそも、簡単という感覚は教える側の主観でしかないわけだ。教わる側からみれば、その問題も案外難しいのかもしれない。

例えば、理系大学を卒業した人なら、三角関数・微分積分など朝飯前だ。しかし、中学生からみれば、意味不明な数式の羅列にしか見えない。このように、個人の能力によって問題の難易度なんてすぐに変わる。この例は極端な例ですが、本質は同じである、

つまり、ロジハラとは、加害者が被害者との力量差を誤認識することにより生じるわけだ。そう考えると、ロジハラの定義は、「論理的に正しいことを被害者側の力量を考慮せずに指摘すること」と言える。

研究室とかいうロジハラの巣窟

研究室とは?

理系の学生は、4年生になると研究室に配属されて研究をすることになる。理系の場合は大学院に行くケースが多いから、学部4年生~大学院修士2年生までの三年間研究に従事することになる。その際の指導教員が教授と言われる怪物である。根性論理的思考力を併せ持つ彼らはその圧倒的な力をもって学生を蹂躙教導するのだ。

教授が怪物たる由縁

その由縁は教授になるまでの過程を考えれば、理解できるだろう。まず、教授になるための第一ステップとして博士号を取得しなければならない。博士課程とは、まさに修羅の道である。教授の手足となって、朝から深夜まで実験や論文の執筆等をこなさなければならない。

労働基準法?

働き方改革?

36協定?

そんなもの労働者ではないから適用されない。やっとの思いで博士号を取得しても、いばらの道はまだ続く。今度は助教授として教授の手足となり働くことになるのだ。学会の運営や学生の指導等めんどくさい業務はほぼすべて助教授にブン投げられる。もっとも、助教授の本業は研究であるから、その合間を縫って研究活動に従事することになる。

その次は、准教授になるが教授の手足という点ではあまり変わらない。結局、雑務の合間を縫って研究を遂行し、教授にはゴマをする。そうやって、ポストが空くのをずーーっと待つ。

そうして、初めて教授になれるのだ。

そりゃ、怪物になるわな!

※これは、会社にも当てはまることで、一般的に上司(部長や役員など)というものは、優秀な人材が何十年という長い研鑽の時を経てなるものである。(もちろん、例外はあるが…)

そりゃ、怪物になるわな!

レベルの違い

というように、教授はいくつもの死線をくぐってきた猛者だ。モラトリアムを謳歌してきた学生とは対照的な存在と言えるだろう。特に論理的な思考能力には決定的な差がある。研究に関して議論しようものなら、即座にひねり潰される。彼らは朝から深夜まで思索に思索を重ね、やっとの思いで作り出した進捗報告をたった1分で論破するのだ。論破された人の顔を見ると、とてもかわいそうな気持ちになる。

完全にロジハラだ!

それと同時にある種の敬意を抱く。「なぜ、こんなに頭がいいのだろうか?」と…

中途半端な論理性

理系の大学院まで進学する人は世間的には優秀と扱われる。実際に、世の中の平均以上の論理的思考力は確実に備えていると思う。でも、それが余計に厄介なんだ。

完全なお○かさんであれば、「ロジハラ」を受けてもたいしてダメージは受けない。なぜなら、指摘された事実よりも怒られた事実に目が行くからね。そのため、怒られたことに対する反発として上司や教授の悪口を言っていれば、ストレスは解消される。

一方で、中途半端に論理性がある人(≒理系の大学院生)は「ロジハラ」を受けると、自分の間違いに気付くのだ。そうして、自分の至らなさを痛感し、無能感に支配される。

だから、

心に突き刺さる。

僕はそこまで詰められなかったから、なんともなかったけど、今までメンタルをやられた人を何人もこの目で見てきた。進捗報告前にトイレで吐く人もいれば、夜中に研究室で発狂する人もいる。

解決策

初めに断わっておくが、正論は何をするにしても必要なことだ。そうしなければ、いつまで経っても自分の誤りに気付くことはできないし。つまり、いつまで経っても成長することはできないことになる。そういう意味では、正論は薬と似ているかもしれない。あまりに正論で詰めすぎると、それは毒になってしまうからね。それは、先ほどの例でも示した通り、中学生に微分積分を教えて、「なぜ、わからないんだ?」と問い詰めているようなものだ。

この目で数々の「ロジハラ」をみてきて、僕はフォローが重要だと思うようになった。それだけで、精神的に救われる人はたくさんいると思う。実際に、メンタルを病んだ先輩もそう言っていた。

なんだかんだ言って、「ロジハラ」が起こりがちな教授と学生上司と部下には運命共同体的な部分がある。学生や部下の能力では到底実行不可能な正論(ロジハラ)でたたきすぎて、学生や部下のモチベーションが下がれば、教授や上司の成果まで響く。実際、厳しい指導(正論の暴力)が原因で学生からボイコットを食らった教授もいるし。

確かに、学生や部下には至らない部分がたくさんあると思う。でも、彼らは彼らなりに一生懸命頑張っているのだ。「ロジハラ」をしている意識のある方はもう少し暖かい目で見てみては如何でしょうか?

まとめ

  • ロジハラの原因は?
    加害者と被害者の能力差です。
  • ロジハラの定義は?
    論理的に正しいことを被害者側の力量を考慮せずに指摘することです。
  • ロジハラをしないためには?
    自分と部下との力量差を認識しておくことです。
  • ロジハラをされないためには?
    論理的思考力を養うこと向上心を持つことが挙げられます。
    論理的思考力を高めていれば、正論同士で戦わせることで、ロジハラに対してカウンターをすることもできます。その上ロジカルに考えることは、日常生活にも想像以上の恩恵を与えてくれます。また、向上心を持っていれば、少々のロジハラなんて成長のための栄養源に出来ますよ。ロジハラの良いところは、セクハラやモラハラと違って捉えようによっては成長の機会にできる点にありますからね。

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