“It’s none of my business”の本当の意味について

“It’s none of my business”(「俺には関係ないね」)という言葉を聞いて、どのような印象を受けるだろう?個人的な見解から言えば、かなり冷たい印象を与える言葉ではないか、と思われる。

でも、多くの物事には、色んな相がある。一見、冷たい印象を与えるこの言葉も例外ではない。人間関係に悩む様々な人にとって、この言葉の本当の意味を知ることで、より良い人間関係が築けますよう。今回は、そんなお話。

 


距離感

ハリネズミと太陽

ハリネズミに生まれなくて良かったなぁと思うことがある。見た目の愛くるしさでいうと、ハリネズミもハムスターもtetsuも大して違いはないのだが、やはりハリネズミでなくて良かった。体の構造的にね。大変だよね?体にハリがいっぱいあるの。もともとは黒ひげ危機一発のタルとセットで、進化の過程で分離したんじゃない?てくらいあるよね、ハリ。そんだけあったら刺さるでしょ?誰彼構わずに。だからさ、ハリネズミの生態なんて、実は全く知らないんだけど、大変そうだよねって他人事みたく思うの。

何が大変かってさ、距離感なんだ。体中ハリだらけだから、うっかり近付くこともできないし、もちろん、近付けさせることもできない。どれだけ親しくなろうとも、ハリの射程圏外までしか近付けない。寂しくない?これって。欲しくない?ぬくもり。

人でいったら大変だよね。愛する人と抱き合うことができない。愛する我が子を抱き締めることさえも。もどかしいよね。近付き過ぎると傷付けてしまう。遠過ぎると、相手の存在が希薄に感じられる。似てるよね。『BLEACH』のあのポエムに。

剣を握らなければ 

おまえを守れない 

剣を握ったままでは 

おまえを抱き締められない

(『BLEACH』5巻 巻頭より)

「もどかしい」って言葉調べたら、用例に出てくるんじゃないかってくらい、的を射てる気がする。いやぁ、ほんと困るよね。こんなことになると。

太陽についても同じことが言える。太陽から離れ過ぎると、光は届かず、暗闇の中で何も見えない。近付き過ぎると、逆に、眩し過ぎて何も見えない。そもそも、太陽から離れ過ぎると寒さが厳しく、生きてはいけない。近付き過ぎると、身を焼かれて、やはり生きてはいけない。

何なら、ストーブだっていい。離れ過ぎると、寒くて暖をとれないが、近付き過ぎると、暑くなってのぼせてしまう。暖を取りながら暑くてのぼせない、そんな程良い距離感というものが、重要になってくるのだ。

 

程良い距離感

要するに、距離感が大事ってこと。これは、ハリネズミや太陽やストーブなんかに限らず、他の多くの事柄についても言える。

例えば、勝負事。あまりに熱中して、勝ちにこだわると、大局的な視点が持てなくなり、良い結果に繋がらないことが多い。逆に、勝ちに対してあまりにもこだわりがなさ過ぎると、雑なプレーになり、当然、パフォーマンスも悪くなる。だから、自分の行動を含める状況と、精神との距離感は、少し大ざっぱに言えば、「つかず離れず」くらいが丁度良いのかもしれない。

パフォーマンスに関しては、スポーツでもゲームでも、状況と精神との距離感が重要であることに変わりはない。よく「クレバー(冷静)な立ち回り」とかって言葉を耳にするけど、この 丁度良い距離感を保てることを意味しているんじゃないかな。この丁度良い距離感を、7割5分の距離感と私は呼んでいる。

10割の距離感、つまり、完全に近付き過ぎると、物事や状況は判断できない。何より、勝ちに固執し過ぎると、失う恐怖が大きくなり、精神を蝕み始める。この恐怖感に心を捉えられると、体は萎縮し、正常な判断もできなくなる。かと言って、5割以下の距離感、つまり、離れ過ぎると、緊張感もなくなり、プレーは雑になりがちだし、従って、良いパフォーマンスも望めない。

だから、ある程度の勝ちへのこだわりを持って、程良い緊張感の中、あまりのめり込み過ぎずに、少し離れたところから大局的な視点を持って事にあたること。そうすることで、正常な判断も可能となり、パフォーマンスもそれなりに期待できるというわけだ。そのための距離感が非常に重要なものとなるのである。

あらゆる物事には、適切な距離感というものが存在するように思われる。近付き過ぎてはダメだし、離れ過ぎてもダメ。当然、人間関係についても然り。

 


“It’s none of my business”の本当の意味について

人間関係における距離感

実は、ハリネズミだけじゃない。人間関係においても、距離感という問題は、カンタンじゃない。お互いが良ければ、それに越したことはないが、踏み込み過ぎると衝突し、離れ過ぎると疎遠になる、なんて事が往々にしてある。桜井さんも歌ってるでしょ?

君もまた僕と似たような

誰にも踏み込まれたくない

領域を隠し持っているんだろう

(Mr.Children『君が好き』より)

だいたいの人間は、踏み込まれたくない領域ってのがあるもんですよ。それを土足で踏み込まれた日には、そりゃ相手に対して嫌悪感しか抱けないよね。それはね、好き嫌いの問題じゃあないんですよ。好きな人間にだって、いや、場合によっては、好きだからこそ踏み込まれたくない部分てのがあるかもしれない。

それほど深い問題ではなくても、心のパーソナルエリアって問題もある。話す内容については言うまでもないけど、譬え相手が親切のつもりでしても、余計なお世話ってこともある。愛情にしてもそう。愛があるからって何をしても許されるわけではない。

中には、ある種の誠実さだって、迷惑だなんて人もいる。石川達三の至言にそれが表れている。

賢明の裏付けをもたない誠実さは、その誠実によって相手を拘束す

(石川達三 著『幸福の限界』より)

拘束されたり束縛されるのって、だいたいの人は嫌がるよね。譬え、相手への思いやりでしたとしても、それが負担になることだってよくあるわけだ。

難しいのは、この心のパーソナルエリアってのが、人によって異なるっていうこと。郷に入りては郷に従うことができるくらいエリアの広い人もいれば、そうでない私みたいな人間もいる。西洋人相手でも、挨拶のキスとハグなんてしたくない。私ゃ日本男児なの。むやみに触れないで。これはね、別に心が広い狭いの話をしてるわけじゃないのよ。

どちらかと言えばさ、「tetsuさんて心広いですよねぇ」なんて言われたりするんです。人(知り合い以上)の失敗に目くじら立てることもなく、争い事は好まない。でもね、無遠慮に近寄られるとダメ。保ってくれないと!距離感!そこ大事よ!ってなる。

少し個人的な話に偏ってしまったので、話を元に戻そう。要するに、人間関係においても、適切な距離感は非常に大切ということ。

 

“It’s none of my business”の精神

意外と冷たい言葉ではないのよ。“It’s none of my business”って。そりゃ、誰かが困ってる時に、「俺には関係ないね」って言葉に出すと、冷たいイメージは拭えない。でもね、それだって、困ってない時に、介入してくる人間よりもよっぽどマシですよ。単に、応援するくらいの気持ちなら嬉しい。介入するわけじゃないからね。でも、いちいち「こうしなさい」って言われるの、苦手です。この思いに共感してくれる人は、結構いるはず。

大切なのは、言葉にすることじゃない。時と場合によっては、「俺には関係ないね」なんて言うと角が立っちゃうから、言葉にはしなくてもいい。ただ、その精神を尊重して欲しい。人間関係に悩んでる皆さん、試してみて下さい。他人に干渉しない、ただこれだけで、実に多くの人間関係におけるいざこざは解消しますから。だいたいが他人の事に干渉し過ぎるんです。放っておけばいいの!干渉したって思い通りにはなりません!自分がやられたところを想像してご覧なさい!イヤでしょ!?人にやられてイヤなことは、人にはしない!これ、小学生が教わることですよ?

人間関係の問題を見てみると、自分にできることとできないことを区別できていない人間によって引き起こされていることが多い気がする。自分にできないことの代表が、「他人の思い」である。他人がどうしたいかなんて、自分の思い通りに決められるはずがない。マジシャンズ・セレクトで簡単な行動には誘導できても、人の行動原理たる思いは、ちょっとやそっとでは変えられない。その人がしたくないと思っていることをさせようとしても、困難は極まるばかりです。だから、干渉して、何かを強制させようなんて思わない方が良い。これ、しないだけで、人間関係ややこしくなりませんから。

人にはできることとできないことがある。言葉にしてみれば、誰だって理解できるはず。でも、現実生活では、実践されない。わかってるようで、わかってないんだなって、自分に関しても思うことがある。

“It’s none of my business”って言葉は、 「関わりたくない」って思いと共に、「どうしようもない」=「できない」って意味合いが含まれている。それは冷たい響きを持つこともある。しかし、人間何でもできるわけじゃない。どうしようもないことだって山ほどある。この言葉を発するってことは、この「できない」がわかっていないと本当にできたとは言えないんじゃないかな。

そして、この言葉には、 相手の意思を尊重するって意味も含まれている。「俺は関与しない」=「あなたの好きにしてくれて構わない」ってことですからね。冷たいイメージを持たれずに、うまく“It’s none of my business”のポジティブな意味での精神でもって、人と接することができるなら、島耕作のようにモテるかもしれないね。

by    tetsu