東北大学の「学習意欲の科学的研究に関するプロジェクト」にて、次のような研究成果があったそうです。
平成26年度の調査では、平日にライン等の無料通信アプリを使用すると、使用時間に応じて学力が低下することを、学力低下は平日の睡眠時間や家庭学習時間には関わらず、アプリを使ったことによる直接の効果である可能性が高いことを発見しました。
ちなみに、その調査結果をまとめたのは川島隆太教授です。この方は、「スマホが学力を壊す」というなかなか刺激的なネーミングの本の著者としても有名なお方です。少し時代をさかのぼりますが、「脳を鍛える大人のDSトレーニング」を監修した人としても有名ですね。
残念ながら、僕はあまり頭がよろしくありませんので、”平日にLINE等の無料通信アプリを使用すると、睡眠時間や家庭学習時間には関係なく、使用時間に応じて学力が低下する”という主張が全く理解できませんでした。
というわけで、今回は僕のような迷える子羊のために、以上の主張の根拠となるデータに対する考察とそれから導き出される結論について一緒に迷いながら説明していきたいと思います。また、その主張が本当に正しいのか?についても考えてみました。
目次
スマホが学力を壊すという主張の根拠について考える
まずは、主張の根拠となるグラフ(成績と家庭学習時間とスマホ使用時間の関係性)についてみていきましょう。
平成25年度仙台市標準学力検査、仙台市生活・学習状況調査の結果です。仙台市立中学校に通う全生徒2万2390名のデータを解析したものです。
このグラフから読み取れることは、「家庭学習時間が長い方が成績が良いこと」・「スマホの使用時間が短い方が成績が良いこと」です。多少の例外は無視して大まかに「家庭学習時間と成績の相関性」・「スマホ使用時間と成績の相関性」を見てみると、スマホの操作時間が1時間伸びるほどに、平均点が約3~5点下がっていることが分かります。そして、家庭学習時間が2時間伸びると平均点が約6~10点ほど伸びることが分かります。
つまり、スマホを1時間使用すると、1時間の家庭学習時間で得た学力が無に帰すという推論が出来るわけですね。確かに、スマホが学力を壊すという主張は正しく思えます。
実験の基本に立ち返って反論してみる
対照実験とは
対照実験という言葉は中学校での理科の授業で習いましたね。念のため辞書で意味を調べてみると、対照実験の定義は次のようになされています。
一つの対象に対するある条件の影響を明らかにしようとする実験(本実験)を行う際、目的とする条件以外は本実験と同じ条件で行う実験。両実験結果を比較検討することにより、その条件の影響が明らかになる。
引用:三省堂 大辞林第三版
もし、スマホの使用時間が学力低下に影響があるということを完全な対照実験よって調べたければ、スマホの使用時間(目的とする条件)以外のすべての条件(性別とか能力とは性格とか友達の数とか…)が同じAさんとBさんを用意して、比較をしなければなりません。当たり前の話ですが、現実的に考えてそんな実験到底できません。
だから、ある仮定を導入します。それは、目的とする条件(スマホの使用時間)以外は結果(学力)に影響を及ぼさないという仮定です。これにより、疑似的ですが対照実験を行えるようになります。お分かりのように、仮定はかなり強引なものとなる場合が多いので、注意して設定する必要があります。そのため、川島隆太教授の調査では、もう一つの条件として家庭での学習時間を設定しています。
つまり、この研究による調査結果は、スマホの使用時間と家庭での学習時間以外は学力に影響を与えない(与えにくい)という仮定が正しい場合のみ、信用できるということになるわけです。逆を言えば、スマホの使用時間と家庭での学習時間以外の要素が学力に多大な影響を与えるというデータを示せば、今回の調査は信用に値しないという結論になるわけです。
睡眠時間の問題
この結論に対する反論としては、スマホの使用自体が問題ではなく、スマホ依存によって睡眠時間を奪われることが成績低下を引き起こしているのでは?というものが想定されます。それに対する反論として、学習意欲の科学的研究に関するプロジェクトでは次のような説明をしていました。
下の図に示したように,平日1日あたりの通信アプリの使用時間の長さは,勉強時間や睡眠時間を介した影響力よりも圧倒的に強く,直接的に成績を下げる方向に作用している恐れがあることが分かりました。
<中略>
まぁ、図では示してますけど…データはどこにあるのでしょうか?まぁ、恐れがあるという逃げ道を作っていることから、あまり強い根拠はなさそうですね。主張に自信があるなら、「~という恐れがあることが分かった」という回りくどい主張はせず「~であることが分かった」って書きますからね。僕も修士論文で根拠薄弱な部分は、「~という可能性があることは否定できない」と書いて逃げましたからね。気持ちが痛いほど分かります…
怪しいこと限りなし…
学習の質の問題
もう一つの反論としては学習の質が挙げられます。先ほどの研究では、家庭学習の時間でグループを区切っていました。ここで言いたいのは、同じ家庭学習時間でも質が違うのでは?という点です。たとえ、同じ2時間の学習時間だとしても、スマホをしながら、テレビの見ながらの勉強と図書館に籠って勉強するのには大きな差があるはずです。
ここからは推論になりますが、スマホを長時間操作してしまう人は自制心が低い傾向にあると考えられます。そして、自制心が低いと、スマホをしながら、テレビを見ながらといったような効率の悪い勉強をする傾向にあると想定できます。そりゃ、図書館に籠って勉強するよりも、ながら勉強のほうがよっぽど楽ですからね。また、授業中の学習態度も自制心のあるなしで大きく変わることが想定されます。眠たかったら寝ちゃうとか…
また、長年塾講師をしてきた身からしても、自制心と学力は大きく関連していると考えます。実際、勉強時間を確保できない過酷な部活動に所属している学生が、部活を辞めたとたん急激に成績を伸ばすという例を何度も目にしてきましたし。これも、部活動で養われた自制心が活かされているからだと考えています。
つまり、自制心と学習の質は関係していると考えられるわけです。そして、スマホの使用時間も自制心の度合いを表す一つの指標であると考えられます。
つまり、スマホを操作することで学力が低下するのではなく、気が付いたらスマホを操作してしまう自制心の弱さこそが学習の質を下げ、学力を悪化させているのではないかと考えられるわけです。
見せ方に対する批判
グラフの見せ方に意図が含まれているのでは?という指摘もあるかもしれません。縦軸の平均点の始まりが40点から始まっています。普通は0から始めますよね?悪く言えば、印象操作の一種で学会発表等でもよく行われています。まぁ、見やすいように工夫したと言われればそれまでではありますが…そういえば、池上彰のテレビ番組でもこの類の印象操作をしていました。このことは、高橋洋一氏が現代の記事で指摘しています。
まぁ、その影響を加味してもグラフのトレンドはあまり変化していないので、反論の根拠としては少々弱いのかもしれません。
そもそも論として..
そもそも、人間はそんなに単純ではありません。だから、対症療法的にスマホを取り上げるという行為を行っても意味がありません。スマホに代わる依存先が見つかれば、それにまた依存して元の木阿弥状態になります。そのため、自制心を高め、依存しない精神状態を目指すことが解決策になるわけです。そうすれば、より依存性が強いものが世の中に現れたとしても十分に対処することができます。
つまり、対症療法ではなく、根治療法を目指そうということです。今回のケースだとスマホを取り上げたり、スマホの操作時間に制限を与える(対症療法)のではなく、スマホに依存してしまうような自制心の弱さ(根治療法)をゆっくりでも良いから直そうということです。
もちろん、対症療法がダメなわけではありません。しかし、結局はいたちごっこであり、根本的な改善は見込めないことを知っておく必要があります。
まとめ
- スマホが学力を壊すという主張は正しいのか?
正しくないと言えます。なぜなら、今回の研究のデータは、家庭での学習時間とスマホの使用時間以外学力に大きく影響しないと仮定したものであり、睡眠時間、学習の質、学校での学習態度、生徒の性格、塾通いかどうかなど学力やスマホの使用時間との相関性の高そうな要素がほとんど検討されていないからです。 - では、スマホを買い与えてもよいのか?
スマホを与えることによるメリットがデメリットを上回れば、買い与えても良いと思います。そのため、自制心があり、自分のことは自分で管理できるという子供にはむしろ買い与えるべきです。一方で、自制心に乏しく、自分の管理がまだできない子供には買い与えるべきではありません。つまり、子供にスマホを買い与えるべきかは子供の保護者である親の責任であり、それによって成績が低下すれば、それは子供の責任ではなく、子供の発達具合を読み間違えてスマホ買い与えた親の責任であると言えます。 - スマホを取り上げたり、制限したりして成績は上がるのか?
上がらないと考えられます。急に、スマホを取り上げられたり、使用時間に制限が加えられると子供は親へ反発心を覚えます。それが、学習に対して良い影響を与えるとは到底思えませんし、親子の仲が悪化することも考えられます。それなら、スマホを取り上げる・制限をかける条件(努力すれば十分に到達できるもの)をあらかじめ設定しそれを超えられなければ取り上げる・制限をかけるというフェアな取引をしたほうが有効であると言えます。そういった取引を通して、スマホとの付き合い方を体感的に覚えさせることが理想的ではないでしょうか?
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