花冷えの季節

エッセイ

季節感の移ろい

また1つの年が終わりを迎えようとしてる。漸く、寒さが身に沁みる季節になってきた。それでも、幼い頃の記憶を辿ると、冬の気配を感じられるのが、随分と遅くなっている気がする。

師走と言えば、もう外套なしに外出することなんてできない。クリスマスが近付くと、雪がちらついていることだってあった。メダカや亀を飼っていた水槽には、薄氷(うすらい)が張り、人差し指でつつくと、いとも簡単に割れてしまった。指先に感じられる冷たさは微かなものであったが、そこには氷の命を奪った少しばかりの後ろめたさと、幼い力でも現実を変えられる事に対する興奮と、純粋な好奇心とが感じられる複雑な感覚だった。

初春にものに比べても、その脆さに変わりはなく、冬の生命の終わりを感じさせるものだった。そう、あの頃の思い出の中では、無機質な氷でさえ生きていた。水中のメダカや亀と同じく、季節自体が生命を宿していたのだ。

昨今では、そうした命を感じることができなくなりつつある。それは、幼少期に備えていた純粋な感覚を、大人になって忘れてしまったからか。それとも、現実自体が、あの頃の季節を忘れてしまったからであろうか。確かめるすべなどないのだが、そんな思いを馳せてしまう。いまいち身近に感じることの出来なかった温暖化という重たい文字が、脳裏をよぎる。

確かに、温暖化は深刻なものとして、各地に多大な影響を及ぼしている。台風や水害などの災害が猛威を振るい、尊い命が失われていく。そんなニュースを見る度に、胸が少し締め付けられる。見ず知らずの人間であるにも関わらず、失われゆく命に哀惜の念を感じる。

季節についても、その影響が及んでいるのか。まるで、夏から冬へ、秋を飛ばして移ろい、秋そのものがなくなりつつあるような。夏に浸食され、秋が消えつつあるように思える。紅葉色付く季節が、記憶の中よりもズレ込んでいるのは間違いない。

でも、それだけじゃない。今年の春、もうすぐ初夏になろうという時期に、実に寒い日があった。師走の寒気が戻ってきたかのような雰囲気で、外套に手袋をしなければ、とても堪えられる外気温ではなかった。吐く息は白く、このまま多くの生命が長い眠りに就くような、季節はずれの静けさが、あたりには満ちていた。

卯月を迎えようとも、寒さが和らぐことは少ない。暦は春でも、桜が開こうとも、時折、冬の名残を含んだ風が、身を凍えさせる。冬が春を追いやるように。季節が暦とズレてきているのではないだろうか。そして、初夏になると、突然暑気が襲ってくるのだ。

昔は、もっと春や秋といった心地良い季節があったように思う。でも、今は、心地良い気候が本当に少なくなった。思い出を美化しているだけなのだろうか。このままでは、春や秋が失われてしまうのではと、そんな極端な考えが浮かんでくる。この星の長い歴史に目をやると、安定した気候というのは、極めて稀で特殊と言えども、我々人間の小さな視点からすると、やはり、異常な雰囲気である。

 


花冷えの季節に 

桜の花もすっかり散った後、卯月も半ばを過ぎ、もう少しで夏の気配が感じられる頃のこと。突然、冬の寒さが戻ってきた。戸口を出ると、あまりの寒さに身震いをして、外套と手袋を取りに戻る。桜の花もすっかり散って、春の陽気に油断していたせいか、少し遅れてやってきた花冷えの寒さが、冬の寒さよりも堪えてくる。霜の降りた田畑の脇を、肩をすくめて歩いていると、冬の景色のように錯覚してしまう。そのせいか、昨年の冬にご子息を亡くされた知人の話を思い出した。

その方のご子息は、異国の地で暮らしていた。幼少の頃より、アメリカに渡っていたため、日本語よりも英語の方が堪能だったとか。年に何度かは帰国したものの、大抵は1人で過ごされたそうだ。歳もまだ中年期を過ぎた頃。病に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。鬼籍に入るには、若過ぎた。最初、その話を聞いた時、かける言葉など見つからなかった。重すぎる現実を受け止められる言葉がなかったのだ。親として、我が子に先立たれる悲哀がどれほどのものか。心の慟哭が聞こえてきそうだ。

人が本当に亡くなるのは、人から忘れ去られた時だ、といった言葉を目にした記憶がある。ということは、忘れ去られるまでは、その人の中で生き続けるということだろうか。せめてそうであって欲しいと願う。記憶と共に、想いを抱くその人の中で、亡くなった人は確かに息づいているのだと、そう思いたい。であれば、残された人間も少しは救われるかもしれない。

季節はずれの寒さに触れた時、身に沁む感覚が、確かに生きているという実感を与えてくれた。息を吸って、思い切り吐き出す。体から抜け出た魂のように宙に白く舞う吐息は、陽の光を受けて煌めいている。自分が生きている何よりの証だ。ひょっとしたら、亡くしてきた大切な人たちの魂もまた、自分の中に息づいているのかもしれない。

花冷えや

御魂(みたま)のごとく

息ぬくし

自分の中で、大切な人たちの心が共にあるのなら、寒々しく厳しい世の中でも、生き抜く意志が失われることはないだろう。

by    tetsu