事故と事件の違いについて―「不慮の事故」の本当の意味について少し哲学的に考えてみた

やわらかい哲学

世の中から、少しでも、不幸な事故がなくなりますように。

 


「事故」とは

「不慮の事故」の一般的意味

「不慮の事故」という、悲しい言葉を、ニュースの紙面などで目にする機会がしばしばある。そんな言葉を見聞きするたびに、痛ましい気持ちがする。「不慮の事故」という言葉の持つ、「どうしようもない」という響きに、自分の無力さを突きつけられるような気がするからだ。

しかし、そればかりではない。時には、不慮の事故と聞いても、どこか腑に落ちないこともある。それは本当に「事故」なのか?「事件」ではないのか?そんな思いが脳裏をよぎる。深く考えたことはない。何となく語感から、漠然とそう思うだけだ。

「事故」という言葉の意味を調べてみた。

 思いがけず生じた悪い出来事。物事の正常な活動・進行を妨げる不慮の事態。「事故を起こす」「事故に遭う」「飛行機事故」

 事柄の発生した理由。わけ。子細 (しさい) 。

(デジタル大辞泉より)

ここで言う「事故」の意味は、「1」に該当する。従って、「不慮の事故」と表現する場合、「思ってもみなかった不幸」や、「物事がうまくいかなくなるような事態」と考えても、差し支えないだろう。

 

「事故」の意味

しかし、ここである事に気付く。「事故」という言葉の中に、すでに「思いもよらない」という意味が含まれているではないか?辞書の意味に「思いがけず…」という表記があるではないか。だとしたら、「不慮の事故」とは「〈思いがけず〉ということさえ思いもよらない不幸」となるのだろうか?そうとは、思えない。思いもよらないということは、あらゆる事態に対しての形容詞的表現であるため、わざわざ意味を重ねる必要などないのだから。

では、「不慮の事故」とは、「初めての初対面」や「静かなる沈黙」のように、トンチンカンな表現なのだろうか?そうとは、思えない。やはり、「不慮の事故」とは、それなりの意味が込められてるように思われる。そして、そこにこそ、「事故」と「事件」の本質的な違いがあるように思われる。

 

「事故」と「事件」の違い

事件の意味を調べると、次のように書いてある。

 世間が話題にするような出来事。問題となる出来事。「奇妙な事件が起こる」

事柄。特に、法令上で扱われる事柄。

(デジタル大辞泉より)

世間が話題にするような出来事」という意味では、確かに、事故もニュースになっているという点では、事件の一種と考えられるだろう。しかし、やはり、両者には違いがあるように思われる。

「事故」の意味における「 思いもよらない」というニュアンスである。例えば、「車の運転中、雨が降り、濡れた路面でタイヤがスリップして、ガードレールにぶつかった」と言えば、事故と判断されるだろう。しかし、飲酒運転によって、ガードレールにぶつかったと言えば、それは事件と判断されるのではないだろうか。だとするなら、法的に許されない行為の結果としてある事柄が、「事件」として判断されるということかもしれない。

事故が、 起こそうという意図なく起こしてしまう(思いもよらない)事柄であり、事件が、 起こすまいとすれば防げる事柄であるとするなら、両者は、「避けることができるか、できないか」が、1つの基準として考えられるだろう。本来的には避けられる事柄である場合、それに対して「事故」とは言わず、「事件」という、どちらかと言えばキツい言葉を使いたくなるのは、そうした事由によるのかもしれない。

 


事故における「不慮」の意味

事故が、「思いもよらない」という意味を含んでいるのであれば、「不慮の事故」というのは、意味の重複ではないか?そう思っていたが、「不慮」という言葉の意味をよくよく考えてみると、あながちそういうわけでもないということに、思い至った。「不慮」の意味を調べると、次のように書いてある。

思いがけないこと。意外。不意

(デジタル大辞泉より)

それは尤もなのだが、表意文字である漢字を字義的に捉えると、また別の一面が見えてくる。不慮の「慮」の字、「慮る(おもんぱかる)」を調べると、次のように書いてある。

周囲の状況などをよくよく考える。思いめぐらす。

(同上より)

「不慮」とは、そのように「 慮ることがないこと」と、字義的に捉えることができる。だとすると、「不慮の事故」とは、「 周囲の状況などを、よくよく考えなかった事故」とも捉えることができよう。

また、「慮る」という表現は、「相手を慮る」というように、相手に対する気遣いや思いやりを表す場合に用いられることが多い。以上のことから、事故における「不慮」とは、単に、当事者にとって想定外という意味ばかりではなく、 周りの状況や相手に対して、思いやりの欠けた行動が引き起こすものと捉えることができるのではないだろうか。

逆に言えば、相手に対する思いやりがあれば、防げる事故など幾らでもあるだろう。横断歩道に歩行者や自転車がいれば、飛び出したり、渡るかもしれないという配慮があれば、巻き込んだりする事故も少なくなる。信号が変わりそうだからと、無理に交差点を渡ろうと交差点に突っ込めば、車だと交差点を塞いで、視界を奪い事故を誘発しかねないし、歩行者であれば、車に巻き込まれかねないと知っていれば、事故を未然に防ぐこともできよう。

先日、左折するバスが横断歩道を通行中の自転車を巻き込む事故が、近所で起きたが、点滅する信号を急いで渡ろうとする自転車と、左折の際の確認を徹底しなかったバス側との衝突が招いた結果であった。どちらかが、こうなるだろうと配慮し、お互いに思いやりをもって進路を譲り合えば、そのような事故は起こりえなかった。そういう意味でも、これが「不慮」の事故であったことに疑問の余地はない。

もちろん、想定できないこともある。きちんと、整備・点検し、安全を確認してもブレーキが故障したりすることがあるかもしれない。しかし、全ての事故を未然に防ぐことはできなくとも、間違いなく防げるものもある未然に防ぐことのできる不慮の事故が起こらないことを切に願う。

by    tetsu