アベコンベの使い方を哲学的に考えてみた

哲学的に考えてみた

どうも。高校生時代、同学年の人間から、「さん」付け&敬語で話されていたtetsuです。まあそんなちょっぴり切ない学生時代に巷で囁かれていた「ガリバートンネルなんていらないんじゃね?」論を、先日粉砕したわけですが、今回はアベコンベについて、ちょっぴり哲学的に考えてみたいと思います。

 


アベコンベについて

アベコンベとは

いきなり、「アベコンベ」なんて言われても、まあまあなドラえもん好きでない限りわかりませんよね。単行本の第4巻に登場するアレです。そう、つついたら対象物の性質を「あべこべ」にするアレです。

まあ四次元ポケットから出てくる道具には、「それって何に使うの?」なんて、子ども心にもわからないものが度々出てきますが、ご多分に漏れず、コレもその類でございます。あの愛すべき青ダヌキも、あ、いや失礼、タヌキ型ロボットも、のっけから頭を悩ませていましたね。んじゃあ、そんな使い道のわからない道具なんか買うなよ(まあ貰い物かもしれませんが)なんて冷静なツッコミが聞こえてきそうではありますが。

原作でも、ハチャメチャなドタバタ劇を演出してみせます。消しゴムをつついて、のび太のノートを真っ黒にしてみせたり。のび太パパの髭剃りをつついて、髭をボーボーにしたり。掃除機つついて、ゴミを巻き散らかしたり。本来的な、その物の用途をあべこべにするわけですから、使い道に困るというのはわかる気がしますね。

 

アベコンベの作用に関する奇妙な点

泥棒と警官

ただ、そのあべこべにするやり方が、一様でない気がします。と言うか、よくわからないと言った方がいいのかもしれませんね。例えば、警官が泥棒に追われていたり、帽子を靴のように履いて(?)靴を頭に乗っけてるおじさんがいたり…。正直、何をつついたらそうなるのかがわかりません。靴と帽子に関しては、100歩譲って良しとしましょう(と言いつつも、靴に関して言えば、性能をあべこべにするなら、室内でのみ履き、外では脱ぐといった用途になるような気もしますが)。しかし、泥棒と警官のくだりには納得がいきません。なぜなら、泥棒と警官を、それぞれアベコンベでつついたとしても、くだんのような関係になるとは限らないからです。

例えば、警官単体でみてみましょう。警官の反対(あべこべという語意をこのように規定しておく)を考えてみましょう。警官の反対は泥棒でしょうか?恐らく、違います。警官というものを「犯罪を取り締まり、抑制するもの」としたら、その反対は「犯罪を助長するもの」となりそうです。逆に、犯罪者を「社会的ルールを破るもの」としたら、その反対は「社会的ルールをいかなる場合においても、完全に遵守するもの」となります。これは警官の定義とは明らかに異なりますよね?従って、両者はあべこべの存在とは言い難いということです。つまり、アベコンベで警官と泥棒をつついても、原作に出てくるように、泥棒が警官を追いかけて捕まえようとするとは限らないのです。

それでも、泥棒が警官を追いかけるなんてあべこべじゃないか?と言うことも確かにできます。しかし、その場合、警官が泥棒を追いかけているという図式が成立していて、正にその瞬間に、両者を、恐らくほぼ同時に、アベコンベでつつかなければならないでしょう。しかし、それでも、警官を単体でつつくと、警官は泥棒の盗みや逃走を補助する役割を担い、泥棒を単体でつつけば、人から物を盗むのではなく、与えるという役割を担うことになるのではないでしょうか?であるならば、原作のように、泥棒が警官を追いかけるという図式は、やはり、成り立たなくなります。

にも関わらず、それが事実として成立しているならば、それを受け入れ、前提として物事を捉え、考えなくてはなりません。つまり、アベコンベでつつけば、原作通り、「泥棒が警官を追いかけることになる」ということです。

この場合、2つの可能性が考えられます。1つ目は、「警官が泥棒を追いかける」という即時的な関係性をアベコンベでつつくというもの。だとすれば、確かに、泥棒が警官を追いかけるようになるでしょう。ですが、そのためには、アベコンベが物ではない非物質的なもの(この場合で言うと、警官と泥棒の関係性というある種の概念的なもの)をつつけることになります。しかし、そのような行為が可能であるということを裏付ける記述や描写は、原作には出てきませんでした。

2つ目は、使用者の物事に対する捉え方を反映し、当の物事の性質をあべこべにするというもの。これは、使用者(原作の場合だとドラえもん)が、「警官と泥棒は観念的に反対のもの」と思っているとしたら、それを反映して、アベコンベは両者のくだんの関係を生み出しているのかもしれないということです。こちらの方が、整合性があると思います。

風船

実は、ドラえもんが意図せず風船をつついた時にも、奇妙なことが起こりました。アベコンベでつついてしまった風船が頭に落ちてきた時、体重が129.3kgもあるドラえもんが地面にめり込むくらい重い風船を小さな女の子が何食わぬ顔で引き摺っていったこと?いえ、違います。その直後に出てきた藤子不二雄っぽい人たち(フニャコフニャオ?)が車を2人で担いで走っていった例から考えても、ドラえもんワールドの登場人物は怪力だらけと思えば、さして気にもなりません。問題は、アベコンベが物理的に触れたものと、あべこべ化された性質との直接的な関係に見受けられる、ある種の矛盾です。

アベコンベが物理的に触れたものと言えば、風船の表層部を構成する要素であるゴムです。ゴムの性質の反対と言えば「重い」となるでしょうか?違うと思います。ゴムは「柔らかくて伸びるもの」だから、その反対は「堅い」です。にも関わらず、アベコンベで風船をつついた時に、あべこべになったのは、「重さ」という性質についてでした。これは明らかに、風船の内部に満たされたヘリウムに関わる事であると思われます。 

確かに、あべこべにされた性質が、ヘリウムに関する事であるならば、風船が鉄球以上に重くなったことの説明はつけられそうです。しかし、アベコンベは風船内部に充満したヘリウムには触れておりません。にもかかわらず、風船はドラえもんを地面にめり込ませるほど重くなった。つまり、アベコンベがあべこべにした性質は、分析的な構成要素である物質に関わるものではなく、総合的な物体としての風船に関わるものだったのです。

つまり、直接触れた物(文字通り「物質」)が問題なのではなく、その触れた物が、どのような機能を有する全体の一部なのか、が問題のようです。ですから、アベコンベを使用する際、1つの物の一部に触れたものとして判定されるため、あべこべ化されるのは、何らかの機能を持つ全体の性質ということになります。では、その作用範囲はいかにして決定されるのでしょう?例えば、タイヤをアベコンベでつついた場合、それが全体としての車に対する行為なのか、タイヤ単体に対する行為なのか、どのようにして判定されるのか、ということです。それに答えるには、もう1つの事例を考えてみる必要があります。

ドラえもんの頭とのび太の頭

先程は、触れた物と性質との関係に見られるある種の矛盾のお話をしましたが、今回は、同じ性質を持つと思われる異なる2つの対象に対する効果の違いについてのお話になります。「同じ性質を持つと思われる異なる2つの対象」とは、「頭」のことです。

この頭は、のび太の頭とドラえもんの頭のことです。ドラえもんの頭をアベコンベでつついた場合、ドラえもんの頭は上下がひっくり返りました。しかし、原作のオチで、のび太の頭をつつくと、上下がひっくり返るわけではなく、何と、頭が良くなったのです。ここでは、アベコンベが、明らかに、異なる作用の仕方をしています。もちろん、厳密な意味で、のび太の頭とドラえもんの頭を一様に論じることはできません。なぜなら、のび太は人間であり、ドラえもんはロボットだからです。

人間であるのび太の頭は取り替えることができません(ドラえもんの道具「人体とりかえ機」を使わない限り)。一方、ドラえもんの頭は部品として取り替えることができます。つまり、有機的な物(のび太の頭)は空間的位置をあべこべ化できず機能的な性質をあべこべ化し、無機的な物(ドラえもんの頭)は空間的位置をあべこべ化することも、機能的性質をあべこべ化することもできるというわけです。

(しかしながら、同じドラえもんの道具に「人体とりかえ機」がある以上、原理的にはのび太の頭の空間的位置をあべこべ化することもできそうなものですが…)

とにかく、「頭」という意味においては同じようなものを、違う作用の仕方であべこべ化するアベコンベは、単に、物の性質を、純粋な意味であべこべ化するだけの道具でないということが言えそうです。

 

アベコンベの仕組み

では、アベコンベに関する興味深い点をまとめてみましょう。

①対象を、必ずしも、対義的な性質にあべこべ化するわけではない。

②直接触れた物(部位)の性質をあべこべ化するわけではない。

③同じような物についても、画一的にあべこべ化するわけではない。

以上のことから、アベコンベは、当初想定していたものよりも、かなり使用者の自由度の高い道具ではないかと思われます。確実に言えるのは、アベコンベが単に、物の性質を、純粋な意味であべこべ化するだけの道具でないということです。ひょっとしたら、アベコンベは、使用者の思念のようなものを読み取って、対象の性質をあべこべ化する道具なのではないでしょうか?そういう意味では、使用者の思念を読み取って、行きたい所へはだいたい連れて行ってくれるどこでもドアと仕組みが似ているのかもしれませんね。

 


アベコンベの利用法

原作冒頭でドラえもんがアレコレと悩んでいたアベコンベの活用法ですが、そんなに悩むほど活用方がない道具とはとても思えません。例えば、カミソリ。原作中において、のび太パパがあべこべ化された髭剃りを使うと、髭がボーボーになりました。ということは、カミソリでも同じ現象が引き起こせると考えるのは自然です。あべこべ化されたカミソリで頭髪が生えてきたら、もう育毛剤や養毛剤が不要になりますね。

鉛筆削りやぺろぺろキャンディーのような、消耗品に関する性質ではどうなるでしょう?鉛筆削りをあべこべ化させて、鉛筆を削ると鉛筆が伸びるのではないでしょうか?あるいは、ぺろぺろキャンディーのように舐めればなくなるものをあべこべ化すると、舐めれば舐めるだけ増えていくことになるでしょう(尤も、使用者が「ぺろぺろキャンディー=甘いもの」と意識した上であべこべ化すると、単にカラいキャンディーになるだけかもしれませんが)。つまり、消耗品があべこべ化されて用いられると、生産されるということになるのです。

他にも、時代遅れの、または経年劣化などでボロボロになった車などは、あべこべ化すると最新の性能を持つようになりますし、不味い食べ物もすべてあべこべ化することで、美味しくすることもできるのではないでしょうか。

このように、アベコンベとは、原作でドラえもんが頭を悩ませるほど、考えなければ活用法がない、不便な道具というわけではないのです。

 


アベコンベでちょっぴり哲学してみた

さて、アベコンベとは、個人的にはかなり面白い道具ではないかと思われるのですが、こんな道具を与えられると、ちょっぴり哲学的にいじってみたくなるのが人間の性(さが)というもの。「この文は偽である」なんて言葉遊びで、パラドックスを現出させるようなものです。というわけで、今回はアベコンベでアベコンベをつついてみたらどうなるかを考えてみましょう。

アベコンベとは、前にも述べましたが、「対象の性質をあべこべにしてしまう」道具です。それをアベコンベ(アベコンベAとします)でつつくわけですから、つつかれたアベコンベ(アベコンベBとします)は、対象をあべこべにしないアベコンベとなります。ならば、単に「対象をあべこべにしない」アベコンベ、つまり、何の働きも持たないアベコンベができるのかというと、それはおかしな話です。元々、アベコンベとは対象の性質をあべこべにする道具ですから、「性質ありき」が原則のはずです。よって、アベコンベでつつかれた対象は、機能を失い、ただのガラクタになるなどということはありえないのです。従って、アベコンベBも、何の役にも立たない、オシャレな(?)インテリアになってはならないのです。

ならば、アベコンベBにはどのような性質が与えられるのか?順当に考えれば、「対象の性質、機能を強化する」ということになりそうですね。まあこれだけでも、道具としてはかなり便利なものになりそうですが、話はこれでは終わりません。さらに、アベコンベAによってあべこべ化された、アベコンベCを持ってきましょう。

アベコンベBとCは性質、機能的には同じものと言えます。そこでアベコンベBでアベコンベCをつついてみましょう。すると、「対象の性質、機能を強化する」という性質がさらに強化されることとなり、言わば、スーパーアベコンベ(もはや、あべこべ化しない時点でこのネーミングはいかがなものかと思われますが)の誕生となります。そして、このスーパーアベコンベCによって、アベコンベBをつついてみましょう。性質や機能の強化に関わる係数がどれほどのものかはわかりませんが、スーパーアベコンベCを上回るスーパーアベコンベBゴッドの出来上がりです(何?漫画が違う?んなこたどーでもいーんだよ)。もちろん、スーパーアベコンベBゴッドによってつつかれたスーパーアベコンベCは、スーパーアベコンベCブルーになることは言うまでもありません。

戯言はさて置き、性質や機能をとんでもなく強化するアベコンベが、どれほど重宝されるかは説明を竢つまでもありません。簡単な自家用発電機が、原発並みのエネルギーを生みだすことになるでしょうし、それはクリーンエネルギーについても言えることです。自転車なんかこれで強化しようものなら、車なんていらなくなります。はい!環境問題もこれで解決!それどころか、地球上における食料・水問題も一気に解決!

要するに、アベコンベとは仮初めの姿、無限に近いエネルギー増幅器ができるわけです。エネルギー保存の法則があるとするなら、これは土台無理な話ですね。エネルギーが青天井で生み出されるとしたら、世界(宇宙)は簡単に崩壊するでしょうし。

色々と考えてきましたが、以上のことから、何が確実なこととして言えるか?

アベコンベは現実に作り出すことなんてできません!以上!

 


補足

まあ、冷静に考えると、Cを持ち出すこともなく、アベコンベの機能を無制限に強化することも可能なように思われます。アベコンベAでアベコンベBをつついた後、今度は逆にアベコンベBでアベコンベAをつつけば、アベコンベとしての機能が強化されたスーパーアベコンベAができることになります。ところが、これで再びアベコンベBをつつけば、果たして、スーパーアベコンベBが誕生するのでしょうか?

アベコンベBとCによる相互強化は可能だと思われます。それは、それぞれのアベコンベが対象の性質や機能を強化するという機能を備えているから。しかし、アベコンベAには、対象に対する強化機能は備わっていません。あくまで、対象の性質や機能をあべこべ化するだけです。あべこべ化機能が強化されるからといって、つついた対象のあべこべ化された性質や機能が強化されるという保証はどこにもありません。ひょっとしたら、あべこべ化する作用の範囲や、物の概念に対する使用者の思念の増幅があべこべ化の強化となる可能性はあります。であれば、あべこべ化した性質や機能が強化されるとは限りません。

従って、無制限のエネルギー増幅器を生み出そうとするなら、やはりアベコンベCを持ち出す方が確実だと思われます。万が一、アベコンベを現実的に用いて、エネルギーを無制限に増幅させようという人がいた時のために、ここに補足説明を記します。ちなみに、アベコンベを3本用いて、本気でエネルギーを無制限に増幅させようと試みる人は、念のため、精神科を受診されることをオススメします。

 

 

by    tetsu