味音痴な人と舌の肥えている人はどちらが幸せなのか?

味音痴な人と舌の肥えている人はどちらが幸せなのでしょうか?

ネットで検索してみると、「なんでも美味しく食べられるのは幸せなことだ」や「舌が肥えると不幸せになる」といったように、味音痴が肯定されていることが分かりました。

しかし、私はそのように思いません。

なぜなら、味音痴にも味覚が鋭い人にもそれぞれにメリットがあるからです。

味音痴な人と舌の肥えている人はどちらが幸せなのか?」について掘り下げたいと思います。

味音痴が幸せと言われる理由

味音痴は何でもおいしく食べることが出来ます。

つまり、安い値段でも美味しさを十分に感じられます。100円のハンバーガーで十分に満足できるわけです。

つまり、安い費用で食に対する満足を簡単に感じられると言えます。

つまり、コスパが良いわけです。

一方で、舌の肥えている人は美味しく食べられるものが限られます。

もしかしたら、ブランド和牛・国産の野菜・高級小麦を使用した2000円のハンバーガーを食べなければ満足しないかもしれません。

つまり、コスパが悪いわけです。

この観点から考えれば、味音痴のほうが幸せと言えます。

舌の肥えている人も実は幸せ?

では、舌の肥えている人は幸せではないのでしょうか?

そんなことはありません。当然、舌の肥えている人も食を通して幸せを感じています。

それは、全身に鳥肌が立つような感動です。

例えるなら、砂山の中から一粒の金を見つけたような感覚や運命の人にやって出会えたという感覚に近いかもしれません。

そういった体験をすると、また新たな感動を求めて新たなグルメを求めるようになります。

つまり、新たな美味しさを発見すること自体に喜びを感じているわけです。

上記のプロセスを繰り返していれば、美食を通じた人間関係もでき、食を栄養摂取という枠で捉えるのではなく、人生を彩る要素に一つとして考えられるようになります。

ですから、舌の肥えている人は食を通じて人生を楽しむことが出来ると言えます。

結局どちらが幸せなのか?

私の答えとしては、舌が肥えていてかつ大衆料理も喜んで食べられる人です。

つまり、グルメな人と味音痴な人の良いとこ取りをすればよいのです。

確かに、ラーメンやカレーなどの庶民的な食事も楽しみつつ、料亭の懐石料理にも舌鼓を打てたら幸せですもんね。

そうすれば、両方のメリットを享受することができるのです。

自らを味音痴と称して、「味音痴は幸せなのだ」と思い込むのも悪いことではありません。しかし、味覚は後天的にも鍛えれるものです。

私も大学生の時は、コーヒーなんて苦いだけの飲み物だと思っていましたが、いろいろな産地・焙煎度の豆を飲み比べることにより、コーヒーの味がある程度わかるようになりました。

このように、味覚は鍛えられるものです。皆さんもいろいろな食べ物を試して自分の味覚を養ってみてはいかがでしょうか?