【リーガルハイの名言】人という字の成り立ちから自立の大切さを考える

金八先生の名言

ドラマ「金八先生」での有名な名言と言えば、誰しも次の言葉が思い浮かぶのではないでしょうか?

君たちいいですか?人という字はねぇ~。「ひと」と「ひと」とが支えあっているから「人」なんです。

3年B組金八先生より

確かに世の中は、人と人が互いに支え協力しあって出来ていますからね。

しかし、「人」という字をよくみてみると、「支えあう」というより「依存する」に近いのではないでしょうか?互いにもたれあって立っているように見えますもんね。

たぶん、片方の人間が倒れれば、両方倒れちゃいます。

例として、「共依存」は丁度良い例だと思います。

共依存とは、過剰に依存しあう人間関係のことを指しており、親子間・恋人間でみられる現象です。

私の友人にも彼女と共依存状態に陥った人がいましたが、当時の状況を振り返るとメンタル的にかなりきつく、周囲の助けがなければ立ち直れなかったと言っていました。

このように、自立していない人間同士が依存しあうのは危険なことで、共倒れになることもあります。

人という字のルーツ

「人」という字のルーツは、中国・殷(紀元前1000~0年)の古代王朝の甲骨文字にあり、人の姿を横から様子を指しているという説が有力です。

このように、人という字のルーツはある程度明らかになっています。

もちろん、この事実は金八先生役の武田鉄矢さんも知っています。あの名言はドラマ上での演出だったわけです。

それを踏まえた上で、次に「リーガルハイ」の古美門研介の名言をみてみましょう。

古美門研介の名言

リーガルハイSPの「いじめの正体とは・・・」の回で、いじめがあったクラスに調査として乗り込んだ際に古美門が金八先生のパロディーをしました。

えぇ~人という字は、
えぇ~人と人とがお互いに
支え合って出来ているわけでは
ありましぇん!
1人の人間が、両足を踏ん張って大地に立っている姿の象形文字です。
人は1人で生まれ1人で生きてゆき1人で…。
 
リーガルハイSPより

リーガルハイでは、金八先生のパロディーを通して、人と人が支えあう以前にまず一人の人間として自立することの大切さを訴えています。

しかし、自立とは何でしょうか?本当に一人で生きられることだけが自立なのでしょうか?

自立の定義とは

自立の定義を調べると、次のようにありました。

他の助けや支配なしに自分一人の力だけで物事を行うこと。

引用:三省堂 大辞林第三版

この定義から考えると、自立した人間は自分一人の力で生きていける人と考えられます。

しかし、一人の力だけで生きていくのは大変ですし、何より楽しくありません。

ですから、ほとんどの人は周囲の人と協力し合って楽しみながら生きているわけです。

ティファニーのキャッチコピー

ティファニーの広告のキャッチコピーに

ひとりで生きていけるふたりが、 それでも一緒にいるのが夫婦だと思う

という言葉があります。

これもいい言葉ですよね。

ここでは、夫婦と書いていますが、別に夫婦に限ったわけではなく友達・仲間同士にも当てはまると思います。

例えば、麦わら海賊団の船員達はルフィと一緒にいなくても一人で楽に生きていくことができるでしょう。そりゃ、全員秀でた能力を持っていますからね。

にも関わらず、一緒にいます。そりゃ、気の合う仲間同士で互いに支え合いながら、一つの目標に向かって生きていくほうが楽しいですからね。

もし、自立できない人間が船員になったとしたらどうでしょうか?人の足を引っ張る邪魔な存在でしかないですよね?

つまり、自立という確かな土台の上でこそ、真に互いに支え合う関係を築くことができるのです。

まとめ

人という字のルーツ

人という字は「ひと」と「ひと」が支え合っている様子を表したものではなく、「ひと」を横から見た様子を表したもので、殷の時代(紀元前1000~0)の甲骨文字に由来しています。

名言から得られる教訓

今回ご紹介した名言からお分かりのように、自立という確かな土台の上でこそ、初めて互いを支え合い前に進むことができます。

逆に、お互いに未熟であれば、傷つけ合う不幸な関係となります。

ですから、自分一人でも十分に生きていく能力・精神を身に着けるところから頑張りたいですね。