2018年の甲子園を見て思ったこと

時事問題

こんにちは。

夏の風物詩といえば、甲子園ですね!高校球児たちの熱いプレーには毎年感動させられています。私より若い人があれだけ一所懸命に頑張っていると私自身も負けていられないなという気持ちになりますね。

一方で、甲子園自体が大きなひずみを抱えていることも事実です。今年は猛暑も相まって、毎年恒例の投手酷使問題に関する記事も増加の一途をたどっています。この問題には私も少々関心がありまして、それに関する記事をよく読んでます。今回はそういう記事には書かれていない目線で今回の甲子園について考えてみました。

投手酷使の環境が生まれるワケ

前提となる知識を一つだけ覚えてください。その知識はWAR(win above replacement)のみです。この指標はそのポジションの代替可能選手(Replacement)に比べてどれだけ勝利数を上積みすることができたかを評価する指標です。簡単にいえば、 WARが高ければ高いほど勝利への貢献度が大きいということになります。この指標の優れている点は投手と野手を同一の指標で表すことのできる点にあります。

この指標を使って、野球が投手酷使環境を生みやすいかの説明をします。MLBにおける投手と野手のWARの配分は4:6と言われています。もし、この値をそのまま高校野球に適用できると仮定すると、投手と野手の勝利への貢献度の比率は4:6になります!

ここで、たった一人のピッチャーが率いるワンマンチームのケースを考えましょう。その場合に、勝利への貢献度を振り分けてみると以下のようになります。(全体を100とした)

投手一人: 47 (高校野球の場合、投手は打撃も行うので野手分も加算した)

野手一人:7

というように、勝利への貢献度に対する割合は投手が圧倒的なわけです。しかも、高校野球の場合エースで4番ということがよくあります。この点まで、考慮をすれば投手の貢献度は優に50を超えるかもしれませんね。

それゆえ、メジャー・タッチ・巨人の星・ダイヤのエースなどなど野球漫画の主人公はほとんど投手なんでしょうね。有名どころで例外を挙げられるとしたら、あぶさん(外野手)、ドカベン(捕手)ちなみに両方とも作者は水島新司さんですね。読んだことはないですが…

プロ野球やMLBには先発投手のローテーションがありますので、そこまで、野手と投手で大きな非対称性は現れませんが、トーナメント形式であり、連投・完投が非常に多い高校野球の世界ではこの非対称性は極大化します。

その結果、優れた投手が一人いるだけで、そのチームは上に勝ちあがれます。そして、勝ち上がるごとにその選手に多大な負荷を強いてしまうことになります。ちょうど、2018年の100回記念大会ですと金足農業がそれに当たりますね。

その選手がいなければ、もともと勝ち上がれなかったチームですから、どのような状況になったとしても監督は使いつづける選択しかできません。これが、高校野球において投手酷使が頻発する理由ではないかと考えています。

スポーツと下剋上

スポーツの役割ってなんだろう?

僕はエンターテインメントだと思う。

プロアマ問わず、人気スポーツには多くの観客が入り、贔屓の応援をして一喜一憂する。そして、その中にある物語に感動し、時には涙を流す。その物語において、弱者が強者に打ち勝つ「下剋上」はまさに鉄板ネタである。

野球漫画「メジャー」の場合

あの大ヒット漫画の「メジャー」は多くの人が知っていると思います。多くの野球少年がこの漫画の主人公茂野吾郎に憧れたのでしょう。大谷や坂本をはじめとした多くのプロ野球選手も茂野吾郎に影響を受けたと言っています。

実際に、プロ野球選手100人を対象に好きなスポーツ漫画をランキング化したところメジャーは堂々の第2位です。(ちなみに一位はSLAM DANKです。)なので、野球漫画のみに限れば、一位ということになります。

出典:スポルティーバ(sportiva)

以下は、メジャーを知らない人のためのあらすじです。

小学生時代:弱小チームであった三船リトルを率いて、強敵の横浜リトルを打ち破る。

中学生時代:素人集団の三船東中学野球部に入り、地区大会優勝に導く。その後の県大会にて、強豪の海道学園中学に惨敗する。

高校生時代:海堂高校に進学するも、途中で退学し、野球部のない聖秀に転校し、自力で選手を勧誘し素人だらけの野球部を創設。そして、県大会の準々決勝で最強の海堂高校とぶつかり、ギリギリの試合をしながらもあえなく敗戦。勝利した海堂高校はそのまま甲子園の出場を決めて、全国制覇。そこまでの試合でもっとも海堂高校を苦しめたのが聖秀だった。

一文にまとめると、弱小チームに入部し、エースになり仲間たちを引き連れ頂点を目指す物語です。プロ野球選手だけでなく多くの人々がこの物語に魅了されました。この物語に魅了された理由は恵まれない環境で仲間とともに懸命に頑張るエースが圧倒的な強者に毅然と立ち向かう姿に感動させられたからだと思います。

つまるとこ、下剋上ってわけですね。

今回の甲子園の場合

今回の甲子園第100回大会もそうでした!

全員地元出身の公立高校・金足農業vs最強の私立高校・大阪桐蔭

みなさんどちらを応援したのだろうか。

メディアを含む大半の人間が金足農業を応援していた。かくいう私も大阪出身でありながら、金足農業にエールを送らずにはいられませんでした。

環境に恵まれているとは言えない地元の公立高校に進学し、仲間とともに甲子園を目指し、満身創痍ながらついに決勝戦までたどり着いた投手・吉田は今大会の主人公でしたね。最後の決勝戦では、連投の疲れのため本調子ではなかったのか5回12失点で降板…結末まで漫画のようでした。

そして、彼を含めた金足農業のナインが持て囃されました。実際、決勝戦終了一日後の日刊スポーツのトップニュースは「金足農業」でした。その下のニュース欄も金足農業がメインの記事が3つ、大阪桐蔭がメインの記事が2つあった。

もう一つ注目してほしいのは、「吉田、根尾ら」という記述です。甲子園の準優勝であるのにもかかわらず、先頭は吉田!高校野球記事ランキングでも、5記事4記事の金足農業がメインの記事でした。つまるところ、メディアも高校野球ファンも「下剋上」を観たかったのだろう。

プレミアリーグ(イギリスのサッカーリーグ)の場合

ヨーロッパ圏でもっとも人気のあるスポーツと言えばサッカーですが、2016年のプレミアリーグ(イングランドの最高峰リーグ)で奇跡が起こったんですね。

ブックメーカーが5001倍のオッズをつけるほど評価の低かったレスターが奇跡的な優勝を果たしました。(ちなみに、今年のロシアWカップで日本が優勝するオッズは251倍でした。)

この優勝はレスターの奇跡と言われ、書籍の出版はもちろんのこと映画化の企画まで行われた。レスターと首位争いをしていたアーセナルの監督は次のように語っていたそう。

彼らの強みは国全体のサッカーファンが応援していることだ

イギリスのサッカーファンも史上稀にみるジャイアントキリング(下剋上)に歓喜したのでしょう。

一言でまとめると、

下剋上は、スポーツのエンターテインメント性を高める最高の調味料である。

酷使の賛否

プロ野球の場合

2013年の日本シリーズ「楽天 vs 巨人」は球史に残る日本シリーズと言われています。球界の盟主「巨人」に挑む新興球団「楽天」という構図にも、やはり「下剋上」の物語がありました。しかも、当時の楽天監督は現役時代「打倒巨人」に燃えた星野仙一さんでした。

その日本シリーズ中でも特筆すべきなのは第6戦と第7戦です。第6戦の楽天の先発投手は今シーズン無敗を誇る田中将大でした。3勝2敗で楽天が日本一に王手をかけていました。多くの人がこの試合で楽天が日本一を決定すると思っていたでしょう。しかし、楽天は負けました。さすが、球界の盟主「巨人」っていったところでしょう。

そして、第7戦楽天は終始試合を優位にすすめ、遂に最終回までたどり着きました。そして、前日160球を投じて敗戦投手になったマー君が九回のマウンドに上がりました。合理的に考えれば、あそこでマー君が投げる必要はなかった。あんなのただの酷使だろ、ていう人もいます。

でもね、それは違う。

震災を乗り越えて、楽天を初のリーグ優勝に導いた田中将大が18番のコールを背に登場した時のあのボルテージの上がり方、投球練習時の「あとひとつ」の合唱。あれは本当に名場面でした。

日本一になったことのない楽天が史上最多の日本一を達成している巨人に勝つ瞬間にマウンドに立っているべき人間はここまで楽天をエースとして率いてきた田中将大しかいません。

しらない方は、youtubeで「2013年日本シリーズ 田中」と検索して見てください。

はたして、田中将大投手の連投は正しかったのでしょうか?実際、メジャーに移籍してから、肘のけがにも悩まされています。この原因もこの連投にあるかもしれません。

少なくとも、エンターテインメントとしては最高のものでしたし、何よりも東北のファンに勇気と希望を与えたことは言うまでもありません。

そもそも、マー君が自分で登板を志願しているので、自己責任という観点でも一切問題はないでしょう。

高校野球の場合

高校野球において下剋上を成し遂げるためには、抜きんでた実力を持った投手の役割は重要です。そして、実力を持っていれば持っているほど、代替の選手がいなくなってしまいます。

これは、強豪校にすらあてはまることだ。例を挙げると、横浜の松坂、大阪桐蔭の辻内、早稲田実業の斉藤などがあてはまるだろう。

彼らは主人公として持て囃され、一瞬にして有名人になりました。しかし、代償は大きかったのかもしれません。辻内はすでに引退していますし、斉藤もイマイチの成績しか残せていません。松坂はNPB・MLBの両方で活躍しましたが、晩年は肩の故障で思うようにボールを投げられない状況が続いています。

高校時代の過投が原因とはいえませんが、遠因になっていることは間違いないでしょう。あの斉藤祐樹は吉田君の球数について、こう述べていました。

「結局どうなろうと、投げてる本人が最後に責任を取るわけじゃないですか。もちろん監督もエースに投げてほしい気持ちはあるでしょうけど、強制的に投げさせるなんてことは今の時代、絶対ないはずで、あったとしてもそんな学校は地方大会で負けているはずですから」

引用元:ライブドアニュース

選手本人の「意思」であれば、何の問題もないという主張。日本シリーズでのマー君の志願登板も許されていたわけだし、別に問題ないのでは?

少なくとも、僕にはそうは思えません。なぜなら、高校生は未成年だからです。

高校生は身体的にも精神的にも発展途上で外部からの手助けが必要なのは言うまでもありません。実際に民法では、未成年者は制限行為能力者に分類されています。ここにおける行為能力とは契約などの法律行為を独立して有効に行うことができる能力を指します。

簡単に言えば、制限行為能力者は一般人よりも判断力が不足している者のことを言います。18歳で自分の将来を見越した判断をできる人間がどれだけいるのでしょうか?自分が高校生の時を考えてみれば、よくわかると思います。

斉藤や辻内が高校時代のことを後悔していないという言葉に一体どれほどの信頼性があるのでしょうか?高校生は身体的にも精神的にも発展途上です。だからこそ、大人は可能性を大きく伸ばす環境を作るべきだと思います。

はたして、甲子園という舞台は高校球児の可能性を伸ばしているのだろうか?

まとめ

未成年は精神的にも身体的にも未熟です。それは、この国の法も定めていることです。そういった高校生にすべての判断をゆだねるのは監督者の責任放棄以外の何物でもないと思います。ある時点において選手から恨まれようが、その選手の将来のために最良の選択をすることが監督として教育者としての使命なのではないでしょうか?

以上、最後までお読みいただきありがとうございました。