論理的思考力養成 番外編① 対話 考えること

論理的思考力養成 番外編

考えることになったきっかけ

 

『罪と罰』に誘われて

高校2年生の夏、倫理の授業の夏休みの課題として出された読書感想文。ドストエフスキーとの出会いは、幸いにもノストラダムスの大予言が単なる戯言に終わった世紀末の夏だった。

無意味に威張り散らす体育教官。教科書しか読めない数学教師。生徒の目を見ない生物教師。文章の読み方を教えられない国語教師(僕の行ってた高校が特殊だったのかもしれないけど)。その頃には勉強も学校にも嫌気がさしていて、正直なところ課題なんてどうでもよかった。

そんな無気力の塊のような僕の目に飛び込んできたのは、倫理の読書感想文の推薦図書一覧にある

『罪と罰』

の3文字だった。ドストエフスキー…名前は聞いたことがある程度で、実際どんな本を書いているのか、どんな人物なのか(後に彼がとんでもないダメ人間だということを知る)は全く知らなかった。

 

「罪と罰」という言葉自体が持つその響きは、僕にページをめくらせるには十分な魅力を備えていた(中二病ってわけじゃないけど、単純にカッコいいよね)。

その内容に衝撃を受けた。選ばれた人間は社会の新たな成長のためには道徳を踏み外しても良い?細かなロジックは既に忘れてしまったけど、そんな考えを持つ人間が創作の中にも存在するということが、驚きだった。それでいて、ラスコーリニコフという青年が、昨今の作品にありがちな単なる精神的異常者とは一線を画していたということにも好感を持てた。

その独特の犯罪的信念に突き動かされたラスコーリニコフが罪の意識に苛まれ、呻吟していく様に、何とも言えぬ読後感を覚えた。罪とは何か。罰とは何か。哲学というにはあまりにも稚拙な精神活動だったかもしれない。それでもそういった精神的体験は当時の僕にとっては何よりも新鮮であり、そのことが後の哲学への志向性の萌芽となったことは事実だと思う。そして、課題用の原稿用紙に真剣に向き合ってる自分がいた。

 

 

神様って何だろう?

『罪と罰』に触発されたものの、そこから考えるという精神活動とは疎遠になっていた。そもそも考える習慣のない人間が、そういう類の教えもなしに、いきなり考えることが身につき習慣付けられるなどということはありえない。引き金となる余程の体験をしない限りは。

それでも、『罪と罰』が引き金になったのは間違いない。ただその時の僕は自ら引き金を引くことをしなかったのだ。その引き金は2年後、ある友人の手によって引かれることとなる。

高校を卒業して間もなく、同級生だったある友人に食事に誘われた。それまではそれ程仲が良いという印象はなかった。同じクラスメートでも、もっと他に仲の良い友人がいたから。

勿論、仲は良かったに違いない。いつもふざけあってばかりで、下らないことでケタケタ笑い合っていた。

でも、性別とクラス以外には二人には特に共通点もなかったように思う。同郷というわけでもなく、部活も違う。成績に至っては彼は学年でも上から一桁の位置にいて、僕は下から一桁の位置にいた。それでも、引き合ったというのだから、ウマがあったということなのだろう。

 

どうしてそんな話の流れになったかは覚えちゃいない。神様って何なんだろう?って話になった。恐らく、『罪と罰』の課題文の話から派生して、そうなったんだと思う。ああかもしれない、こうかもしれないなんて、今思えば実に稚拙なやり取りをしたと思う。勿論、結論なんて出ない。

普通なら、そこで終わっただろう。食事の時の一過性の話題として、いたずらに消費され、その夜が明けると、記憶の霞がかかった数多の過去に埋もれて、二度と掘り起こされることのないタイムカプセルのように、忘却の眠りについたことだろう。でも、幸か不幸か、僕たちは普通じゃなかった。次に会うまでに、各々の「神とは何か」についての試論をまとめて持ち寄ろう、なんてことになった。

 

数ヶ月後、僕たちはまた食を共にした。そして、そこでお互いの考えを話し合った。考えることもままならない十代の後半。勿論、大した考えなどできるはずもない。それでも僕たちは、宝物にしてたビー玉やキャラクターシールを見せびらかす子供のように、お互いに持論を展開し合った。

彼は理系の人間だったから、数学的な、あるいは科学的なアプローチを試みて、実存的に神の存在を述べようとした。一方、僕は観念的に神の存在を述べようとした。僅か2000字程度の試論だったと思う。残念ながら、詳しい内容は忘れてしまったけれど、自分にとっての神の定義だけはいまだに忘れていない。

 

神とは、われわれ人間の意志に志向性をもたらすために生まれた、感情の産物に過ぎない

 

これが当時の僕の結論だった。

 


対話(διάλογος)

 

対話の始まり

神について論じ合った後も、僕たちの対話が終わることはなかった。寧ろ、それが始まりだったと言える。

 

彼と会うのは年に数回程度だった。彼は京都の国立大に行っていたから、それほど頻繁に会う機会はなかった。ただ、彼が地元に戻ってくるときは1日中、とりとめのないことについて論じ合った。お金のなかった僕たちは(今もないけど)、24時間営業のファミレスで、15時間程居座って話し続けたこともある。

 

だからといって、当時から学問としての哲学を志していたかというと、そういうわけではない(正確に表現するなら、自然体のままに哲学をしてた、ということになるのかもしれない)。寧ろ、当時の僕の興味は20歳そこそこの青年らしく、音楽やお酒や女の子といったものにあった。それでも、何かを考え続け、考えたことを書き続けた。すべては数ヶ月に一度会う彼に説明するために。

 

話題は多岐にわたった。ドストエフスキーの『罪と罰』や夏目漱石の『こころ』、太宰治の『人間失格』、芥川龍之介の『羅生門』などの文学に始まり、「神」や「理性」、「自由」、「存在」、「言語」、「数」、「無限」などの抽象的な諸概念。「生物と無生物との存在論的な違い」や「人は自ら人生に幕を下ろしてはいけないか?」、あるいは「1+1=2になるとはどういうことか」といった観念的な話に至るまで(文字面は一見難しそうに見えるが論自体は稚拙だったように思う)。

 

 

対話による成長

この年に数回の対話は、18歳の時から数えて、約10年程続いたことになる。彼が東京の国立大の院へ進学し、ある企業の研究所に勤めていた間も、頻度は減っても、続けられた。

対話の頻度が減ったのは、お互いに忙しくなったから、という理由からだけではない。勿論、地理的に遠く離れ、お互いの生活リズムが合わなかったことも、その要因の一つであることは間違いない。だけど、それ以上に、精神的、理性的にお互いが自立できた、ということが最も大きな理由じゃないかな。

ここで言う精神的、理性的自立とは、自分自身で考えられるようになったということ。初めの方は、考えが間違っていたり、浅はかだったり、と思考力という点においてはあまりにも未熟だった。それが対話を通じて、少しずつではあるものの、成長していけたように思う。

考えるという基本的な力が身についた後は、様々な考えを吸収したり、情報を仕入れては自分の中で昇華させるだけ。要は、釣り方を知ったのだから、後は色んな時間や場所で、色んな魚を釣れば良いだけの話。だから、今ではごく稀に会う機会を除いては、己の精神が命ずるがままに、自分の道を進んでいる。

 

 

ソクラテスの対話(διάλογος)

ある日、大学での講義でソクラテスの対話について学んだ。

彼は真理を探求する過程で、対話を重視したと思われる。何らかの真理を知っているという人間に対して、「なぜか」ということを問い続けた。やがて、問われた人間は返答に窮することになる。すると、やはりその人間も真理に至ってはいなかった、という結論に達する。何かを「知っている」という人間が実は何も知らなかった、と彼は結論づける。そして、彼は思う。

「私は今まで私が対話をしてきた連中よりも物事を知っていると言える。彼らは自分が無知であることさえ知らない。だが、私は自分が何についても知らない無知な人間であることを知っているからだ。その点において、私は彼らよりも物事を知っている。」

ざっくりと説明すると、これがかの有名な「無知の知」というお話。そして、ソクラテスが真理の探求において用いた問答法は“διάλογος”(ディアロゴス)と呼ばれる。

“διά”とは英語で“through, across”を意味するギリシャ語(ちなみに、大学時代には「対」という意味で習った)。“λογος”は「ロゴス(言葉や理の意味)」。従って、“διάλογος”とは「相対する言葉や理」、あるいは、「言葉や理を通して行われること」と解釈することができるかな。

僕たちが思考力を飛躍的に向上させたのは、この“διάλογος”(ディアロゴス)を実践したいたからなのかもしれない。

 

対話と思考の構造

じゃあ、何で思考力を養うために対話が重要なのかって話。

対話と思考の構造が似ているという何てことないことに気づいたのは、実は、かなり後になってからのこと。両者は本質的には同じことだったんだ。その違いといえば、二人でするか、独りでするかってくらいなもの。

 

まず、自分がこうじゃないかなって思うことを相手に主張する。すると、相手は「なぜ?」とその理由や根拠を訊いてくる。そこで、相手が納得できる理由や根拠を説明する。相手が納得できなければ(あるいは、こちらが納得できるような反論があれば)、自分勝手な思い込みだとわかる。妄想と同じ。だから、その主張には何の意味もなくなる。そして、主張、または理由や根拠が抽象的であるならば、具体例を提示して、わかりやすく説明する。それをただひたすら繰り返すだけ。これが対話。

思考も実は構造的には同じ。こうじゃないかなって思うことがある。それに対する理由や根拠を考え、具体例を思い浮かべる。それの繰り返し。

ただ、論理的に考えるには対話の方が論理性においてはより正確だし、難易度も下がるように思われる。なぜなら、独りでは見落としがちな落とし穴にはまったり、物事をみる角度が固定されがちだから。だから、独りよがりにならないためにも、どういった点が不明瞭で正確さに欠けるか、といったことを第三者的に、より客観的に検証してもらうことは極めて重要なことなの。

 


論理的思考力を養う教育へ

 

まあ、色々述べたけれど、要するに、考える力を身につけるには、対話がとても有効だといえるってこと。未熟な人間でも、どういったことがマズいのか(きちんと物事を考えるには何が欠けているのか)、がよくわかるし、対話相手が考えることに長けているならば、その効果はより一層大きくなる。だからこそ、考えられる人間を育てるためには、そういった多くの学校教育とは違う(当然、塾や予備校にも見受けられない)形が必要なんじゃないかって思った。

 

考えるようになったきっかけは上述の通り。すべては気まぐれな友人との対話から始まった。そして、考えられるようになるにつれ、その重要さにも気づくことになっていった。

勉強でも、「何がわからないかがわからない」という生徒はいくらでもいる。それに対して「何を教えれば良いかがわからない」教師も同じくらいいる。原因は一つ。そして、一番大切なこと。

 

考える力がない

 

この一言に尽きる。だからこそ、考えられる力を身につける教育が必要なんだ。

 

考える力が身につけば、何がわからないかが、少なくとも、わかるようになる。昔、僕はそんなことさえわからなかった。考えることが、今思えば、全くできていなかった自分が勉強や仕事で苦しみ続けた経験があったということも背中を押した原因かもしれない。同じように悩んでいる人たちの、譬えそれがほんのわずかな人たちであっても、助けになれたら良いと思う。

皆を助けたい。教育改革を起こしたい。そんな大それたことを思っているわけじゃない。たった、1人でも2人でも構わない。それでも、僕が経験的に学んできた重要なことを伝えられたら。そう思ってる。

 

 

by    tetsu